こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。

 

今回の曲はスキマスイッチの「全力少年」
笑顔で気持ちよさそうに歌う大橋さんが見られるMVもあり、エネルギッシュで前向きな雰囲気が伝わる曲ですよね。

ただこの曲には、「泥水」「汚れちまった」「孤独論理」「仕方ない」「仕事オンリー」「ガラクタ」というマイナス要素の強い言葉も多数く登場し、また主人公の追い詰められた様子や弱く甘えた心理状態なども見られます。

タイトルにもなっている「全力少年」がこれらのマイナス要素とどう向き合い覆していくのか、それがこの曲のストーリーであり見どころ。そして最後の「視界はもう澄み切ってる」という歌詞と一緒に、聴き終えるときにやってくる爽快感が気持ちの良い1曲です。

それでは今回もじっくり歌詞と向き合って、この曲の持つ魅力を読み解いていきたいと思います。

 

 

 

楽曲情報


■スキマスイッチ「全力少年」 
5th Single
B面 さみしくとも明日を待つ/花曇りの午後
発売日 2005年4月20日
収録アルバム 空創クリップ
作詞 スキマスイッチ
作曲 スキマスイッチ
編曲 スキマスイッチ
MV https://www.youtube.com/watch?v=IvDTkTKi5pA





 

歌詞解釈




【Aメロ】汚れた"セカイ"を生きる主人公






躓いて、転んでたら置いてかれんだ
泥水の中を今日もよろめきながら進む

汚れちまった僕のセカイ 浮いた話など無い
染み付いた孤独論理、拭えなくなっている

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>躓いて、転んでたら置いてかれんだ
>泥水の中を今日もよろめきながら進む
最初の歌詞からわかるのは、自分自身や今自分が見ている世界を好きになれず焦りや不安を抱いている主人公の様子。「泥水」という表現からも、その中で視界はぼやけ身動きもできないという追い詰められた心理状態が読み取れます。

>汚れちまった僕のセカイ 浮いた話など無い
>染み付いた孤独論理、拭えなくなっている
もはやこの世界での所属感は薄れ常識も不明確になり、「世界」ではなく「セカイ」とその形が曖昧になってしまっている印象。ここで重要なのは「汚れちまったセカイ」ではなく「汚れちまった"僕の"セカイ」という主人公の認識です。

主人公は一般的に言う世界そのものが汚れてしまったというより、主観的に見ている自分の中にある"セカイ"が汚れてしまったと感じています。ここからも、汚れてしまったのはスケールの大きな世界という言葉に比喩された自分の人生や幸福観であり、タイトルを借りるなら「全力少年」だった頃と比べた今の自分自身を指していることがわかります。


【Bメロ】辛い現状と主人公の弱さ






試されてまでもここにいることを決めたのに
呪文のように「仕方ない」とつぶやいていた

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>試されてまでもここにいることを決めたのに
>呪文のように「仕方ない」とつぶやいていた
続くBメロで表されているのは主人公の辛い現状、そして弱さです。「試されてまでもここにいることを決めた」とありますが、これは主人公が本当に望んで決めたことでしょうか。

「試されてまでも」という言い方からは、例えばその試練が成長の糧になる、自分らしく生きる信念に繋がるというような前向きな姿勢は見られません。それよりも、試されることに不満を覚えつつも耐えているような印象です。

それなのに「ここにいることを決めた」主人公。その結果は当然良いものにはならず、失敗や後悔を繰り返しては呪文のように「仕方ない」とつぶやき、解決すべき問題から逃げることしかできなくなってしまっているのでしょう。


ここで問題なのは「決めた」と思っていることの本当の意味やその心理。自分では歌詞通り「試されてまでもここにいること」を決めたと思っているかもしれません。そしてそれには少なからず辛い毎日と戦うという自分への称賛もあったでしょう。ただ本当に主人公が決めたことには別の意味があります。それは、「今までの自分と変わらずにいよう」ということです。

他にも主人公が選べる道はあったはずなのに、なぜ「試されてまでもここにいること」を決めたのか。それは新しい自分に変わり未知の世界へ進むという挑戦より、今までの経験からある程度予測可能な今の自分や環境のままでいるという保守を選んだからです。たとえそこに不満や不平を感じていたとしても、その方が楽であり当時の主人公にとってはそれが善だったのでしょう。

「ここにいることを決めた」そのときに、主人公に新しい道を選ぶ勇気、新しい自分に変わる勇気があれば、「仕方ない」とつぶやき毎日に影を落とすことはなかったかもしれません。変わることへの勇気が持てず、不満を抱えながらも今までの自分でいるという楽な道を「決めた」主人公。ここの歌詞からはそんな主人公の弱さも読み取ることができます。

しかし続くサビで、この弱さを克服し一歩踏み出そうとする主人公の姿が見られます。


【サビ】新しい自分と世界への挑戦






積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
止め処ない血と汗で乾いた脳を潤せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
セカイを開くのは誰だ?

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
>止め処ない血と汗で乾いた脳を潤せ

  • 積み上げたもの=凝り固まった自分の中の常識や価値観、社会や世界の見方
  • 身に着けたもの=プライドや虚栄心、先入観や偏見、誤った劣等感

これらをぶっ壊して取っ払って新しい自分に変わっていきたい。そのためには止め処ない血と汗、つまり終わりのない努力や日常としっかり向き合う姿勢が必要である。

そんな覚悟とも取れる主人公の心情が伝わり、そして「脳を潤せ」という表現からも、渇き→潤いという自然な欲求のように人生でもその優越性を追い求めていこうという決意も見られます。同時に主人公は、その潤いのためは「止め処ない血と汗」が必要であると感じていますが、続く歌詞にそれらを手に入れるためのヒントがあります。


>あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
>セカイを開くのは誰だ?
「あの頃の僕ら」とは、サビ頭で見た「積み上げたもの」や「身に着けたもの」がない純真無垢だった頃の自分。その頃の自分は今思う努力を努力とは感じず、毎日は同じ日々の繰り返しではなく常に新し出来事の連続であった。

そしてその世界を生きる全力少年は、与えられた「この自分」を疑うことなく精一杯活かして、1日1日を大切に生きていた。これこそが脳を潤すため、そして止め処ない血と汗の道を進んでいくための初心であり必要な心構えである。

A~Bメロでは不安や焦りの中にいた主人公でしたが、新しい自分や世界に挑戦しようとする前向きな姿を想像できるサビによって、その不安や焦りは主人公を成長させるための要素へと変わっていきます。

最後の「セカイを開くのは誰だ?」という結びは、「もちろんそれは自分である」という答えが前提にある自問。ここらも自分の気持ちを整理しながら奮起しているような、力強い主人公を見ることができますね。


【Aメロ2】全力少年でいる必要性






遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ
ここんとこは仕事オンリー 笑えなくなっている

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

  • 1番:置いてかれんだ → 2番:老いて枯れんだ
    1番:孤独論理 → 2番:仕事オンリー

1番・2番で韻を踏む言葉遊びがおもしろいAメロの始まり。1番で「全力少年」だった頃の自分から汚れてしまった自分への変化を悲観的に捉えていた主人公ですが、更に別の言い方で今回もその重要性や危険性などを訴えています。

>遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ
>ここんとこは仕事オンリー 笑えなくなっている
ここで言う「遊ぶこと」は、一般的な遊ぶという意味にも取れますが、もう少し広義に見ると「心にゆとりを持つこと」と解釈できそうです。そして「老いて枯れんだ」も、年齢や見た目の変化というよりも、良き人生や幸せへの希望や探求心が枯渇していくという意味に捉えられます。

ここで主人公が訴えていることは、心にゆとりを持てない毎日は人生から幸せを奪うという危険性。これは1番Bメロで「仕方ない」と呪文のようにつぶやき続けていた苦悩の時間を知っている主人公の、確かで悲痛なメッセージです。


また「仕事オンリー」という言葉。ここで考えたいのは、そのような毎日を選んだのも毎日をそのように見てしまっているのも主人公自身ということです。どんなに仕事がきつくても、それがどれだけ1日の割合いを占めるものであっても、健全で前向きな心であればそこにこれからの人生に必要となる意味を与え、それ以外の時間からも幸せを見出そうとします。

「笑えなくなっている理由は仕事オンリーだから」、このときの主人公の心理は、「仕事オンリーでなくなれば笑える幸せな毎日になる」というもの。ただ果たしてそうでしょうか。そんな保障はどこにもなく、もしかしたら仕事が減ったりなくなったとき「仕事オンリー」だったあの頃にこそ幸せを感じるかもしれません。

主人公の深層心理には「笑えない毎日を過ごす=今と変わらない毎日を過ごす」という選択があり、それを維持するために「仕事オンリー」という環境を持ち出しているように思えます。「仕事オンリー」を笑えない毎日の原因として見てしまっている以上、今の状況は好転していきません。


必要なのは「仕事オンリー」をただ言い訳として使うのではなく、まずはその毎日を選んでいるのも自分、毎日をそのように見ているのも自分であるという自覚を持つこと。そして今過ごす時間は人生に必要なものであり、幸せを奪うものではなく作っていくものという正しい意味を与えていくことです。

そのために必要なことが「遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ」として表されています。弱く甘えた心理状態から「笑えない毎日を過ごす」という誤った選択をするのではなく、強く前向きな心を保つためそして良き人生や幸せへの希望や探求心をなくさないため、「遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ」という重要性とその危険性を主人公は訴えているのです。

今の時間を人生に必要なものとするため、それは幸せを作っていくものであると考えるため、そして良き人生や幸せへの希望や探求心を持ち続けるためにはどうすればよいか。続くBメロで、その手がかりとなる内容が歌われています。 


【Bメロ2】ガラクタに埋もれた"大切なもの"






ガラクタの中に輝いてた物がいっぱいあったろう?
"大切なもの"全て埋もれてしまう前に

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>ガラクタの中に輝いてた物がいっぱいあったろう?
>"大切なもの"全て埋もれてしまう前に
ここで言う「ガラクタ」とは、今まで過ごしてきた時間、経験した出来事や出会った人たちなど今の主人公を作る過去と、それを主人公がどう見ているかを表す比喩。今の自分自身や自分の"セカイ"に意味を見出せないでいる主人公は、これまでの人生を「ガラクタ」と感じてしまっています。

ただ、人ひとりの人生がガラクタなんてことはありえません。これも「新しい変化は避けて変わらない今を過ごそう」という今の目的のために持ち出された、主人公にとっては必要な、でも誤った過去の捉え方です。

そしてそんなガラクタと捉えているこれまでの人生の中にも「輝いてたものがいっぱいあったろう?」という自問から、「"大切なもの"全て埋もれてしまう前に」と続きます。それではここで、輝いてたもの・大切なものとはそれぞれは何を指しているのかを少し考えてみます。


輝いてた物。それはもしかしたら仕事の成功や恋愛の成就、旅行の思い出や刺激的な出来事など人生に刻みやすくわかりやすい体験かもしれません。はたまた映画や本などから知識や勇気をもらったこと、自分の価値を実感できたこと、人や自然の温かさ・大切さを知ったことなどこれからの価値観や信念を形作るような気付きかもしれません。

ただし、たとえば成功したことも初めて体験したことも知識を得るという行為も、その事実自体にはまだ意味はなくただそれらが「起こる」だけでは主人公の人生は黒にも白にもなりません。それぞれの出来事に対して主人公が何かしらを感じ、そこからひとつの解釈がされたときにその出来事は初めて主人公の人生に大きな影響を与え始めます。

仕事の成功、恋愛の成就、自分を認めることも知識や勇気を得ることも人の温かさを感じることも。それらをプラスで前向きに解釈ができるのは、今このときに強く健全な心があるからです。そしてその健全な心を保つためには、1日1日を大切に必死に生きる「全力少年」でなければなりません。

つまりここでいう"大切なもの"とは、これから起こる出来事に正しく前向きな意味を与えられる強く健全な心を指していて、そこにはそのためには「全力少年」でいることを忘れてはならないという意志も含まれているのではないでしょうか。それさえあれば、これから起こるどんな出来事も、そして意味を見出せずにいる今の自分の"セカイ"も輝いたものに変わっていくと。
 

【サビ2】過去から今・未来の視点へ






さえぎるものはぶっ飛ばして まとわりつくものかわして
止め処ない血と涙で渇いた心臓潤せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
怯えてたら何も生まれない

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>さえぎるものはぶっ飛ばして まとわりつくものかわして
>止め処ない血と涙で渇いた心臓潤せ

【1番】

  • 積み上げたものぶっ壊して
    身に着けたもの取っ払って

【2番】

  • さえぎるものはぶっ飛ばして
    まとわりつくものかわして

この1番と2番の歌詞を見比べてみて気付く違いは、主人公が見ている視点です。1番の「積み上げたもの」「身に着けたもの」はこれまで自分に起こったことであり、視点は過去に向けられています。それに対し2番の「さぎるもの」や「まとわりつくもの」これはこれから前に進む過程で起こる障害であり、視点は今、そして未来に向けられています。

良い人生や幸せに向かうため全力少年であり続けることの大切さに気付いた主人公。ただ、全力少年であり続けるためには、その毎日が試練となり多くの課題としっかり向き合い続けていかなくてはいけません。全力少年の"全力"はそこに向けられたものでなければなりません。


>あの頃の僕らはきっと全力で少年だった
>怯えてたら何も生まれない
さえぎるもの、まとわりつくもの、多くの障害がこれからの人生について回るけど、それに怯えてたら幸せも生まれなければ人生の意味も生まれない。ときには真正面からぶっ飛ばしてときにはうまくかわして、課題と直面することが恐怖なのではなく、それに怯えて何もせず人生に意味が生まれないことこそが恐怖である。

今回のサビでは、あらためて未来へ視点を切り替えた主人公と、そんなこれからの日々の試練を乗り越え続けていくいう決意が伝わってきます。 


【Bメロ3】「セカイ」から「世界」の確立






澱んだ景色に答えを見つけ出すのはもう止めだ!
濁った水も新しい希望(ひかり)ですぐに透み渡っていく

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>澱んだ景色に答えを見つけ出すのはもう止めだ!
>濁った水も新しい希望(ひかり)ですぐに透み渡っていく
「澱んだ景色」「濁った水」、これらが表しているのは意味を見出せなかった「僕のセカイ」でありそのときの主人公の心理状態。もしこのときに「セカイを開くのは誰だ?」と自問したとしても、主人公は何も答えられずにいたでしょう。

ただ今の主人公には強さがあります。「全力少年」でい続ける強さです。澱んだ景色から答えは見つけることはできず、今は濁った水だったとしてもそれは新しい希望で澄み渡っていくまでの過程である。1番Aメロでの「僕のセカイ」に対する解釈に明らかな違いが見られ、しっかり主人公の中に「世界」が確立しているような安心感と頼もしさが伝わるBメロです。

【サビ3】澄み切った世界を見る主人公






積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
幾重に重なり合う描いた夢への放物線
紛れもなく僕らずっと全力で少年なんだ
セカイを開くのは僕だ
視界はもう澄み切ってる

出典:https://www.uta-net.com/song/25879/

>積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
>幾重に重なり合う描いた夢への放物線
何重にも重なって伸びるアーチのような曲線。ちょうど虹のようなイメージを思い浮かべますが、この夢へと放たれる放物線の正体とは何でしょうか。それらはこれからぶっ壊して取っ払っていく、今まで積み上げたもの、身に着けたものです。正確にはそれらが放物線に沿って正しく形を変えていく様子として考えるとドラマチックになります。

形を変えていくものとは1番サビで見たこれらです。
積み上げたもの=凝り固まった自分の中の常識や価値観、社会や世界の見方
身に着けたもの=プライドや虚栄心、先入観や偏見、誤った劣等感や敵対心

次からひとつずつその変化を見ていきます。


  • 凝り固まった自分の中の常識や価値観
    →新しい常識や価値観を受け入れる勇気

  • 社会や世界の見方
    →敵ばかりで自分の居場所が見出せない場所ではなく、お互いが貢献し合う味方で成り立つ今自分が確かに生きている場所

  • プライドや虚栄心
    →届かない理想の自分に引け目を感じたり劣等感を背負うことなく、ありのままの今の自分でよいと思える心

  • 先入観や偏見
    →人と自分は違うという認識、自分だけの色眼鏡で人や世界を見てはいけないという気付き

  • 劣等感
    →何かをしない言い訳にしたりそれを以て人を動かそうとしたりするものではなく、それは本来成長の種であり今までもそのおかげで前に進むことができたという解釈の変化


このように、今まで積み上げたもの・身に着けたものが伸びる曲線に沿ってそれぞれ正しい意味へと変わっていく。これが「夢への放物線」を構成する中身であり、そして次の歌詞でこれらがすべて一つの目的に向かっていることもわかります。


>紛れもなく僕らずっと全力で少年なんだ
>セカイを開くのは僕だ
>視界はもう澄み切ってる
その目的とは、ずっと全力少年でい続けること、そして自分のセカイを切り開き続けることです。理想を掲げることは良いことです。その理想への到達が1日1日を乗り越える糧になります。ただそれはあくまで理想を理想として置いて、そのために今の現実をひたむきに生きれる場合のみです。

理想との距離によって劣等感を背負い自暴自棄になり、その結果今目の当たりにしている現実と向き合えなくなってしまうようであれば、その理想は美しいものでも尊いものでなく確実にその人から幸せを遠ざける弊害になります。

その理想があるから今この瞬間に起こる現実を頑張ることができる、「セカイを開くのは僕だ」と言い切れることができる。そう思えることでその理想は人生の中で正しい役割となります。


「紛れもなく僕らずっと全力で少年なんだ」この歌詞は、そんな理想に向けた現実を生き抜くためのエール。誰もが強く健全な心を持ち、理想と現実を混同せず今を生き抜くことができる。その確信が「紛れもなく」と表され、そしてそのために「ずっと全力で少年でいよう」と後押しをしてくれています。

そしてこのラストが本曲で最も大事な場面。全力少年であり続けた結果訪れるのは、「視界はもう澄み切ってる」という世界です。この主人公が体験したように、複雑に見えていたセカイがこんなにシンプルで居心地のよい世界だったのかと気付く瞬間がやってくるのです。

 

最後に





泥水の中にいる錯覚を覚え、セカイを汚れちまったと感じ、孤独論理が染みつき、呪文のように「仕方ない」とつぶやく。遊び方はわからなくなり人生は仕事オンリーと誤認し過去をガラクタのように捉えてしまう。必死に生きている人ほどそんな経験をし、そんな時期を過ごしたことがあると思います。

澄み切った視界でしっかり自分の"セカイ"を開いていけるように、「全力少年」の大切さを歌ったこの曲はそんな人たちへの応援歌であり勇気をもらえる曲です。成功も理想も、それはあくまで今の現実を正しく生きた先にある結果であり人生の目的ではありません。

全力少年として今まさに起こる現実と向き合い課題を乗り越え、そこから幸せに気付いていくことこそが人生の本当の目的です。そんな線ではなく点の積み重ねのような毎日を過ごせる人は、気付いたらいくつもの成功や理想にも届いているでしょう。


紛れもない全力少年。誰もがそうであり、忘れてしまっている人もその感覚を取り戻すことができる。この曲が送っているエールに耳を傾けて、シンプルでゆとりのある毎日からしっかり自分の幸せに気付いていきたいですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

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