こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。

今回の曲はMr.Childrenの「幸せのカテゴリー」。
決定的な何かがあったのか倦怠期を迎えたからなのか、『君』との毎日に幸せを感じられなくなっている主人公。そして『君』との別れを想像しながら自分の気持ちを確かめるような情景が描かれているこの曲。
桜井さんのこういう人間味のある歌詞は、リアルで生々しくて共感がしやすいですよね。同じような状況で同じような心境を感じた人も多いのではないでしょうか。
この恋からの気付きによる気持ちの変化や答えを見つけるまでの過程、『君』との未来の考え方など、歌詞の後半になるにつれて曲の表情が大きく変わっていきます。
それでは、今回も詳しく歌詞を見ながらこの曲のストーリーに迫っていきます。
目次
楽曲情報
■Mr.Children「幸せのカテゴリー」
発売日 1997年3月5日
収録アルバム BOLERO
作詞 桜井和寿
作曲 桜井和寿
編曲 小林武史 & Mr.Children

歌詞解釈
【Aメロ~Bメロ】別れを意識した主人公の心情


通り過ぎる愛の言葉
唇を重ねたって孤独な風
胸を吹き抜ける
出会った日の弾む鼓動は
日常という名のフリーザーの中で
とうに凍りついてる
夢のような毎日が 手を伸ばせばそこに立ってる
そんなふうに自分に 言い聞かせて過ごしてたけど

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
出だしから冷めきった主人公の心境が伝わるシーン。
>通り過ぎる愛の言葉
>唇を重ねたって孤独な風
>胸を吹き抜ける
「通り過ぎる」「孤独な風」などそこに感情が通わない寂しい表現が目立ちます。愛の言葉をかけたり唇を重ねたりと恋人らしい振る舞いはするけど、そこに愛情はなくただ胸を吹き抜けるような無機質な行為と感じている主人公。
そして続くこの歌詞。
> 出会った日の弾む鼓動は
> 日常という名のフリーザーの中で
> とうに凍りついてる
いつしか愛の言葉や唇を重ねることが恋人としての義務のように感じてしまい、それが日常となっていきます。そしてその日常が主人公にとってはまるでフリーザーのようであり、出会った日のキラキラした愛情はとっくにその日常によって凍りついてしまっていると感じているのですね。

そして引き続き別れに向かう主人公の気持ちが感じ取れるBメロ。
>夢のような毎日が 手を伸ばせばそこに立ってる
>そんなふうに自分に 言い聞かせて過ごしてたけど
「言い聞かせて過ごしてた」という歌詞から、主人公が別れを意識し始めたのはもっと前からということがわかります。
今気持ちが冷めてしまっていたとしても『君』との関係を続けることで夢のような毎日が待っている。そしてそれは手を伸ばせば届くぐらいすぐそこまで来ている。そう自分に言い聞かせてきた主人公。
思いつきの別れや一時的な衝動ではなく『君』との関係を継続するための努力の様子が見られますが、それを経て「とうに凍りついてる」と感じてしまっている主人公から、この別れに向かう気持ちが決定的であることが際立ちます。
【サビ】恋の終わりの要因、カテゴリーの意味

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
続くこのサビでは、悟るように諦めるように二人の恋の終わりについて考える様子が描かれています。
>傷つく事傷つける事が
>互いになんとなく面倒くさかっただけ
>形式だけに目を奪われて
>ただスマートに納まっていようとした二人
これが主人公が感じているこの恋の終わりの原因ですが、まだ経験の浅い幼い二人の恋だったのかなという印象も受けます。自分が傷つくにしても誰かを傷つけるにしても、その後には必ずモヤモヤが残りそれを解消するための時間や労力が必要になります。
本来はそういった問題を乗り越えて絆や二人だけの特別な世界が作られていきますが、それらを面倒くさく感じてしまい、そういった土台の部分を放棄してただ理想の恋人像に憧れていた二人。それが、"ただ"スマートに納まっていようとした二人と表現されているのではないでしょうか。

>今となっては
>消えゆく幸せのCategory
そんな原因や幼かった二人について考えますが、そこから解決策を考えたり気持ちを持ち直すということはなく「今となっては」と気持ちが揺らぐことのないままの主人公。そして「消えゆく幸せのCategory」と恋の終わりを確信します。
ここでタイトルにも使われている「カテゴリー」についても考えてみます。カテゴリーには種類や範疇という意味があり、今回は「幸せの種類」「幸せの範疇」ということになります。
これはつまり、主人公はこの恋の始まりから終わりまでをひとつの幸せとして見ていて、出会った日の弾む鼓動も日常という名のフリーザーで凍りつくことも、そのすべての体験が後に自分の中にある「幸せのカテゴリー」の中のひとつになるだろうと感じているということではないかと思います。
ただ恋の終わりを嘆くというよりは、この恋によって得た経験がまたひとつ自分の幸せのストックになるという前向きな心境としても捉えることができそうです。
【Aメロ2~Bメロ2】当時の幸せとその儚さ

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
そして場面は主人公の心理描写から再度『君』との時間の回想へ。
>誰かの忠告も聞かず
>不吉な占いを笑い飛ばしてた
>まだ無防備だった頃
ここで思い返している場面は先のAメロであった「出会った日の弾む鼓動」の時期、まだこの恋がキラキラしていた頃の自分。「誰かの忠告」とは例えば友人の恋の失敗談であったり、幼くただ舞い上がるだけの主人公に対してのアドバイスだったりと色々考えられます。
当時はそういった周りからの忠告や不吉な占いすら笑い飛ばしてしまうほどの自信があり、そして今思えば怖いもの知らずで無防備だったと思う自分があり。今『君』との別れの中にいることで、この回想シーンがより幼く青い当時の主人公をイメージさせます。

>限りなく全てが上手くいってるように思ってた
>幸せってあまりにもろく儚いものなんだね
続くBメロ。限りなく全てが上手くいっていると思えるほど輝かしい毎日から、今思うその幸せな時間の儚さ。この2行の歌詞の間にある急激な落差が、更に主人公の別れを意識した気持ちを際立てます。
「儚いものなんだね」とどこか他人事のような素っ気ない印象も受けますが、短くてもこの幸せに思える毎日があったから、先のBメロで主人公は「夢のような毎日」に期待し自分に言い聞かせながら別れに踏み切れなかったのかもしれないですね。
【サビ2】未来への視点と主人公の胸の内

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
これまでは『君』との時間や自分の気持ちを思い返すなど二人の過去に目を向けていた主人公でした。
ですがこのサビで初めて未来へ視点が切り変わります。
>日のあたる場所に続く道
>違う誰かと歩き出せばいいさ
「日のあたる場所」、直感的にもイメージできそうですがこれは『君』が憧れる未来。幸せな家庭や運命の人との一生といった、恋愛の延長にある『君』の理想的な未来のこと。
主人公はそこまで続く道を自分ではない違う誰かと歩いていけばいいと、もう自分にはそれが果たせないと感じているようです。ただ次の歌詞で、果たせないというよりはもう果たす気力がない、果たすつもりもないという少し投げやりな様子も。

>恋人同士ではなくなったら
>君のいいとこばかり思い出すのかな?
>当分はそうだろう
>でも君といるのは懲り懲り
よく聞く別れた後に良いところを思い出してしまうという心理、当分はそうだろうとそれをわかっていながらも「でも君といるのは懲り懲り」とそこで思考をストップさせる主人公。
「カテゴリー」と気持ちよく韻が踏まれているということもあり「懲り懲り」という言葉が耳に残ります。そんな言い方しなくても・・・と感じるところですが、この一言で主人公の胸の内・本音が伝わりこの曲の聴き方やストーリーが整うようなすっきりした気持ちにもなります。
このサビでこれからの未来を想像する様子が見られますが、やはりここでも復縁の方向には進まず主人公の気持ちが揺らぐことはないようです。
【Bメロ3】主人公が出したひとつの答え

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
これまでは終わりかけの恋と向き合うどこか女々しい様子が目立ちましたが、このラストBメロからサビにかけては今回の恋からの気付きや先へ進もうとする主人公を見ることができます。
>本当の自分なんて 何処にもいないような気がしてる
>だからこそ僕らは その身代わりを探すんだね
まず「その身代わり」の"その"は「本当の自分」にかかっています。なので「その身代わり」とは「本当の自分の身代わり」ということになります。これを踏まえてこのBメロを見ていきます。
本当の自分なんて何処にもいない、だからその身代わりを探す。これは主人公が体験した今回の恋から気付いたもの。「限りなく全てが上手くいっているように思ってた」のも自分、そして「日常という名のフリーザーの中でとうに凍りついている」と感じるのも、「君といるのは懲り懲り」と感じてしまうのも自分。

ひとつの恋の中に多くの自分を見ることで、本当の自分なんて何処にもいないような気がしてしまう。でもその時その時の自分は紛れもない本当の自分。そうした葛藤の末主人公が感じたことが、それはまるで本当の自分の身代わりを探しているようだということ。
色々な顔を持つ過去の自分は本当の自分の身代わりであり、そしてその身代わりがいるおかげで本当の自分はまた次の一歩を踏み出すことができる。ここは「本当の自分がわからない」というような悩みを訴えているのではなく、主人公がひとつの答えを見つけて次に進もうとしているシーンなのです。
>恋の旅路は続くんだね
そして行き着いた結論がこの歌詞。次のサビでより具体的に今回の恋から気付いたことが書かれていますが、色々な恋の中で「本当の自分の身代わり」を探しながら次へ次へと進んでいく。これが良いことか悪いことかは別として、ひとつ答えを見つけ吹っ切れた主人公を想像できます。
【サビ3】主人公が想像する二人の未来

出典:http://j-lyric.net/artist/a001c7a/l0072c0.html
Bメロで「本当の自分の身代わりを探し次へと進んでいく」というひとつの答えがあり、その答えを持って今回のサビでは更に未来を見据えた主人公の様子がわかります。
>もう何も望みはしないけど
>最近はちょっぴり解りかけてるんだ
>愛し方ってもっと自由なもんだよ
>君もいつしかその事に気付くのだろう
「もっと自由なもん」という歌詞からも、主人公は今回の恋に窮屈さや堅苦しさを感じていたことがわかります。その理由は1番Aメロで見たような気持ちが冷めながらも義務のように愛の言葉をかけたり唇を重ねたりを繰り返したことかもしれないし、Bメロで見た「夢のような毎日」のために『君』との時間を無理に過ごしていたことからかもしれません。

ここで主人公は、お互いが自由に素のままに接し合いゆとりの上で相手を思いやること、これが正しい愛し方なのではないかと気付きます。そして「もう何も望みはしない」「君もいつしかその事に気付く」という歌詞で更に決定的な恋の終わりを表現しつつ、いつか自分と同じ気持ちになるだろうとどこか『君』の未来を案じ願いを込めているような優しい雰囲気も感じ取ることができます。
そして最後を締めるこの歌詞。
>じゃあその日まで
>さよなら幸せのCategory
「その日まで」とは『君』が愛し方はもっと自由であるということに気付くまで。では、その日まで「さよなら幸せのCategory」とはどういうことでしょうか。
そのことに『君』が気付いたらもう一度やり直そうという意味にも取れなくはないですが、さよならの対象が『君』ではなく「幸せのCategory」ということからおそらく別の意味がありそうです。

1番のサビで見たように主人公は今回の恋の始まりから終わりまでをひとつの幸せとして見ていて、後に自分の中にある幸せのカテゴリー(種類)のどこかに分類されるだろうと感じるようになりました。
『君』が愛し方がもっと自由であることに気付くまで、今回の恋で得た幸せのカテゴリーに一度別れを告げる。これには、この先色々な経験を経て大人になった『君』と再会したときのことを想像した主人公の思いが込められているのではないでしょうか。
ゆとりのある大人の二人として再会し当時の青かった自分たちを懐かしんだりバカにしたりして笑いあえるようになるまで、一旦今回の恋から得たこの幸せのカテゴリーは胸の中にしまっておこう。最後を締めるこの歌詞からは、そんな未来を見据え気持ちを整理している主人公の様子を感じ取ることができます。
最後に

今回は一つの恋を通して変わっていく主人公の心境というところに照準を合わせて見てきました。
出会いがあり別れがあり、短い期間だとしてもその中で感情の起伏があったり新しい体験や成長があったり。その全てがひとつの幸せのカテゴリーであり、その繰り返しにより自分の中のカテゴリーが増え人生が豊かになっていく。
この曲では主人公と『君』との恋愛が舞台でしたが、この幸せのカテゴリーは恋愛に限らず日常のいたるところにあるものだと思います。何かが始まり終わるまでの間、そこからどれだけの幸せに気付くことができるか、後の自分の糧とすることができるか。

別れ間際の二人というラブソング要素が強い曲ですが、そんな強いメッセージが隠れているもっと心理的で哲学的な1曲と感じることができました。自分の人生で自分だけが知るたくさんの幸せのカテゴリーを見つけ、ひとつまたひとつ豊かな毎日にしていきたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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