こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。

今回の曲はSuperflyの「My Best Of My Life」。

タイトルとなっている「My Best Of My Life」。自分の人生における自分のベストと訳せますが、この曲には自分の人生をより良いもの、豊かなものにするためにはどうすればよいか。全力で自分の人生を全うするために必要なものは何なのか。そこに伴う悩みや葛藤、模索などを経て主人公が成長していく姿が描かれています。

なぜ「確かのもの」を探してしまうのか、なぜ自分の信念を疑ったり理想と現実のギャップに苦しめられるのか。そして「生きてく意味」を見つけることや「My Best Of My Life」を実践することの難しさと、そこに価値を見出すためには何が必要なのか。考えるべきテーマがたくさん隠れています。

それでは今回も、ひとつひとつを掘り下げながらこの曲が伝えているメッセージを読み解いていきたいと思います。

 

 

 

楽曲情報


■Superfly「My Best Of My Life」
7th Single
B面 Welcome To The Rockin' Show/Rock And Roll Hoochie Koo
発売日 2009年5月13日
収録アルバム Box Emotions
作詞 越智志帆
作曲 多保孝一
編曲 蔦谷好位置
MV https://www.youtube.com/watch?v=_Q-QFSJQ580





 

歌詞解釈




【Aメロ】「確かなもの」を探す理由






今ここで息をしてみる
私がここにあるように
包まれて生きてるようで
確かなものを 探すのはなぜ

足早に過ぎてく日々も
間違いではないのかな
ちぎれそうな心を背負って
それでも明日を追いかけていく

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>今ここで息をしてみる
>私がここにあるように
立ち止まってひとつ深呼吸をするような姿が思い浮かぶ始まり。深呼吸は気持ちの整理や一度気分を落ち着かせるときなどに行いますが、主人公が行う今回の深呼吸の目的は「私がここにあるように」という自分の存在の確認。

そして主人公にその深呼吸をさせた理由が、次の歌詞で歌われています。
>包まれて生きてるようで
>確かなものを 探すのはなぜ
何不自由なく人や社会に守られながら生きていて、そして今のままでも十分豊かな毎日のはずなのに、より「確かなもの」を探してしまう自分に気づく主人公。その「確かなもの」とは一言で言えば幸せの真理。もっと納得ができてもっと実感を持ててもっと信頼を寄せられる、そしてどんな状況・環境になっても揺るがない幸せの形です。

ですがそんな一言で表せるような幸せなどはなく、人生で変わり続けていく幸せの形にいかに気づけるか、そしてその変化をどれだけ人生に必要な意味として解釈していくことができるか。この積み重ねだけが自分にとっての「確かなもの」を創っていきます。


つまり「確かなもの」とは誰でも共有できる世俗的なものではなくもっとオリジナルなものであり、またそれは探すものでもなく人生をかけて創り育て上げていくものです。主人公もこのことを心の中では理解していて、でもそれをふと自分の人生の外側へ探しに行ってしまう自分との葛藤が「今ここで息をしてみる」という気持ちの整理と存在の確認という行動のきっかけとなっています。

続く歌詞からも、「確かなもの」を探してしまう理由を探ることができます。
>足早に過ぎてく日々も
>間違いではないのかな
>ちぎれそうな心を背負って
>それでも明日を追いかけていく
「足早に過ぎてく日々」、これは特に記憶にも残らず気付いたら過ぎている毎日の比喩。ここで注目すべきは、主人公は「今このとき」に意味を持ち大切に過ごすゆとりを持てない状態であるということ。そこには血の通わない客観的な時間だけが流れていると感じてしまっていることです。

それも「間違いではないのかな」と言い聞かせようとしますが、心はちぎれそうになり、本来自分の意志で向かっていくべき明日を「追いかけていく」という状態に陥っています。それはまるでそうしないと明日=未来が逃げていてっしまうと感じているような、切迫した心理状態にも感じられます。

冷静になれば「包まれて生きてる」と思えるのに、足早に過ぎてく日々の中でふと自分の存在価値や人生の意味を疑ってしまう瞬間がある。これもまた「確かのもの」を探してしまう理由となっているのでしょう。


【サビ】生きてく意味と共に踏み出す第一歩






めぐり逢いの中で見つける
生きてく意味を 育ててみよう
涙は拭い去って
今 始まる (my) best of my life

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>めぐり逢いの中で見つける
>生きてく意味を 育ててみよう
ちぎれそうな心を背負ってその重圧に耐えきれず、今このときを大切に過ごすことよりも幸せや生きてく意味を探すことに注目してしまっていた主人公。しかしこのサビでその意識は一転します。

それは隣の人やドラマの中の世界などから得られるものではなく、ましてや真似をするものでもない。長い時間をかけて誰でもない自分の人生の中で気づき、育てていくものである。このサビではそんなひとつ吹っ切れた主人公の心情が伝わってきます。

幸せや生きてく意味がわからないから日常を「足早に過ぎてく日々」と感じてしまう、「明日を追いかけて」しまう。これまでの主人公はこのような原因や理由に縛られた心理状態だったでしょう。


ただ今ではその解釈を次のように前向きに正しています。試練のような日常から目をそらすために、傷つくことを避けるためにただ「幸せや生きてく意味がわからない」ということを口実として使っていただけだと。

幸せや生きてく意味がわからないから不幸である、そう口にしているままでは自分を変えようがありません。ただ主人公の意識はここで、自分が悲劇のヒーロー/ヒロインでいるために不幸を持ち出していたこと、そのために「幸せや生きてく意味がわからない」を口実としていただけという建設的で前向きな方向に変わったのです。

「めぐり逢いの中で生きてく意味を見つけ育てていく」という歌詞には、大きな心の成長が表れています。盛り上がる曲調と一緒に伝わるこのサビの強さや温かさは、無意識にこの主人公の前向きな変化を感じ取っているからかもしれないですね。


そして主人公は新しい一歩を踏み出していきます。
>涙は拭い去って
>今 始まる (my) best of my life
涙を拭い去るという描写。これは自分の中で何か踏ん切りをつけたとき、ひとつ吹っ切れたときの姿を想像させますよね。主人公にとっては「他ならぬ自分の人生の中で時間をかけて生きてく意味を見つけ育てていく」、この気付きが涙を拭い去るきっかけとなったのです。

そんな主人公が今見ているもの、心の中で溢れそうになっているものは「今 始まる (my) best of my life」。どこまでも希望的で可能性に溢れた未来です。原因や理由に縛られたままの変えられない今を生きるのではなく、未来と可能性に向かうために変えていく今を生きていく。そんな新たな気付きを得て自分の人生と全力で向き合おうと、目を輝かせている主人公の姿が思い浮かぶようです。


【Aメロ2】主人公が見ている理想と現実






幸せに浸ることさえ
なんだか怖く感じて
渇いてた心の悲鳴も
気づけないまま 犠牲にした

優しさに包まれたとき
全て美しく見えすぎるの
ただ 全力で生きてる
それだけなのに
どうして人は 後悔を重ねる…?

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>幸せに浸ることさえ
>なんだか怖く感じて
誰もが望む「幸せ」。その幸せに浸ることを怖く感じてしまう原因は何でしょうか。まず最初に「幸せに浸ることへの恐怖」という感情、これは今自分が不幸だと思っている、また幸せが理解できないという人には芽生えないものです。今少なくとも不幸ではないと感じているから、自分の中に幸福観を持っているからこそ芽生える感情です。

それを踏まえて考えると主人公が本当に恐れているものが見えてきます。主人公は「幸せに浸る」ことを恐れているのではなく、「今ある幸せが終わる」ことを恐れているのです。ハッピーエンドで終わるラブストーリーで例えるなら、今の主人公は2人が結ばれて終わる最終回よりも、そこから終わりに向かう放送されない2人のストーリーに注目しているということです。

幸せは刹那的なもので浸り続けることはできない。そしてまたいつかは以前のように日常が「足早に過ぎてく日々」となり心はちぎれそうになり、明日を追いかけることになる。そんな心の中の燻りが「幸せに浸ることさえなんだか怖く感じて」という歌詞に表されているのでしょう。


>渇いてた心の悲鳴も
>気づけないまま 犠牲にした
ここは"だから"とつなげるとしっくりきます。「幸せに浸ることさえ怖く感じた。"だから"、渇いてた心の悲鳴も気づけないまま犠牲にした。」つまりここでいう「渇いてた心の悲鳴」とは、深層心理にある幸せへの渇望。幸せへ向かおうとする勇気や変化です。

先ほど見たように、主人公の中には幸せになりそこに浸ったとしてもいつかは終わりが来るという恐怖心がありました。だから幸せへの探求心や自分が変わっていくことを「悪」と見なし、押し殺して犠牲にしてきたと感じているのではないでしょうか。

>優しさに包まれたとき
>全て美しく見えすぎるの
人から優しくされ、自分の価値を認められたり自分の居場所を実感できたときなど。そのとき視界は開け、周りの景色が美しいものに変わります。きっと経験のある人も多いですよね。同じ空や帰り道などでも、心の在り方でそれらの見え方は変わってきます。


ただ主人公は「全て美しく見え"すぎる"」と言っています。この理由を知るためにここでは深く触れずに次の歌詞を見てみます。
>ただ 全力で生きてる
>それだけなのに
>どうして人は 後悔を重ねる…?
ここでの主人公の問いかけは、一生懸命生きている人が報われない今の社会や風潮に対するもの。そしてタイトルの「My Best Of My Life」通り、自分の人生に全力を尽くした結果、裏切られたり体を壊したり生きる意味を見失ったり。正しい行いからどうして後悔を重ねてしまうのかという嘆きです。

ここからわかるように、主人公には一生懸命生きている人は報われるべき、全力で生きてる人は幸せになるべきという信念があることがわかります。しかし人があまりに後悔を重ねる現実を目の当たりにして、それは理想にも近い夢物語であるという自覚もあるはずです。

この主人公が持つ人生や世界に対する信念と実際目にしている現実のギャップを知ることで、「優しさに包まれたとき 全て美しく見えすぎる」その理由が見えてきます。当たり前に努力が実り、正しい行いが評価される社会であれば、優しさによって世界が美しく見えても「美しく見え"すぎる"」ということはないでしょう。


ただ、主人公が感じている現実はどうでしょうか。全力で生きている人が報われず、後悔を重ねてしまう。そんな主人公の信念からかけ離れた現実を見ているからこそ、ただ美しく見えるはずの世界が美しく見え"すぎる"と感じているのです。

ここまで見てみると「美しく見えすぎる」と言う主人公はこの"すぎる"にどこか普通ではない異常性を感じていて、これもまた主人公が追い求める幸せや生きていく意味を正しく理解する弊害になっているような印象を受けます。

続くサビでは、ここまで感じてきた恐怖や疑念、不安などを乗り越え、その先にある未来を信じたいという願う主人公を見ることができます。


【サビ2】プラスへ移動する過程で気付く幸せ






幸せを恐れることなく
誰かの胸に飛び込めたら
涙は風に舞って
愛せるような (my) best of my life

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>幸せを恐れることなく
>誰かの胸に飛び込めたら
>涙は風に舞って
>愛せるような (my) best of my life
2番Aメロで幸せ(が終わること)への恐怖が見えて幸せへ向かう変化や勇気をくじかれていた主人公ですが、常に表裏一体として在り続けるのは「幸せになりたい」という素直な気持ち。

ここでは「誰かの胸」という人間の温かさを連想する表現になっていますが、深読みをすると主人公が「飛び込めたら」と願っているのは、温かさや優しさなどプラスのものばかりではありません。人間関係のしがらみ、理不尽な社会、日に日に増える義務や責任。こういったマイナス要因も含んだ、自分の人生を創るすべてのものに対してと考えられます。


それは、マイナス要因は決してなくなることはなく幸せは必ずそういったマイナス要因の上に成り立っているからです。自立をして自分を受け入れること、そして誰かに愛や勇気を与えられること、人の優しさや温かさを感じること。およそ幸せになるために必要なことはマイナスからプラスへ移動する過程に生まれ気づいていくものです。

その結果訪れるのは何か。それこそが「愛せるような (my) best of my life」です。人生に課せられた多くの課題から逃げたり目を背けたりせずに自分の人生を全力で生きる。マイナスのことにも飛び込んでプラスへとその意味を変えていく。そんな自分の人生を愛することができれば、もう幸せを恐れることなどないでしょう。 


【Cメロ】未来に向けた幸せの種






本当は誰かにすがりたくて
ただ 過ぎ去って消えてった
足跡は無駄じゃないと
確かに心の中で生きてる
そんな言葉に
抱きしめられて 眠りにつきたいの

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>本当は誰かにすがりたくて
>ただ 過ぎ去って消えてった
>足跡は無駄じゃないと
>確かに心の中で生きてる
>そんな言葉に
>抱きしめられて 眠りにつきたいの
日常で「本当は」というとき、それは一定期間の強がりであったり本意ではない気持ちからそれを覆す前のワンクッションのような役割で使われます。それではここで主人公がいう「本当は」は何にかけられたものでしょうか。

この曲は疑問を抱えたり希望を見つけようとしたりより良い未来を願ったり、あくまで自分の人生をより良いものへと変えていこうとする姿勢がベースになっています。ただそれらの作業には努力や苦労がついて回り自分を強く保ち続けないといけません。

つまり「本当は」がかかっているものは、まさにこの自分を強く保とうとする姿勢です。「より良い未来を築くために常に自分を強く保っていたい。でも"本当は"誰かにすがりたい。」この曲で見せる唯一の主人公の弱音であり、良く言えば人間らしさかもしれません。


過ぎ去って消えてった足跡は確かに心の中で生きてる。2番Aメロで見た主人公の信念に従って、これまで全力で生きてきた人生から得たものは必ず報われる。そしてこれからの人生へと繋がっていく。そう誰かに言ってもらいながら安心した気持ちで眠りにつきたい。

これまで心を強く保とうと努力していた主人公のふと見せる弱い人間らしさ。こういう一面がさらにこの曲のストーリーをドラマチックにしています。その理由は、曲全体を通して今あるマイナスをプラスへと変えていく人間の持つ強さが伝わるから。この主人公の弱音や甘えさえも、幸せへと向かう強い心の前では「大切で必要なもの」へと変わっていくのです。

そしてクライマックスを迎える最後のサビへ。 


【サビ3】「My Best Of My Life」による幸せな人生






信じながら 許し合いながら
誰かの胸に飛び込めたら
ほほえみと溶け合って
あふれるような (my) best of my life

めぐり逢いの中で見つけた
生きてく意味を育ててみよう
涙は拭い去って
今 始まる (my) best of my life

今 始める (my) best of my life

出典:http://j-lyric.net/artist/a04cdbd/l0176b1.html

>信じながら 許し合いながら
>誰かの胸に飛び込めたら
>ほほえみと溶け合って
>あふれるような (my) best of my life
このサビで歌われている「誰かの胸に飛び込めたら」も、2番のサビ同様プラスもマイナスも含んだ自分の人生を創るすべてのものに対してとして考えると解釈がしやすくなります。

またここでは、主人公の心情を掘り下げていくことで本当に主人公が求めているものや願う未来の姿がわかります。まず最初に、主人公が描いている理想は人を信じて人と許し合いながら、あらゆる他者や社会、自分を取り巻くすべてのものに飛び込んでいくこと。

それでは実行に移せずあくまで理想として見ている理由は何でしょうか。それはおそらく「人を信じることに恐れがあり、本当に人と人は許し合えるのかという疑いがあり、そんな恐怖や疑念を抱えたままあらゆる他者や社会に飛び込む勇気がない。」という心理によるものでしょう。


ではなぜそのような恐怖や疑念、臆病な気持ちが生まれてしまうのか。ここで2番のAメロを振り返ってみます。
>ただ 全力で生きてる
>それだけなのに
>どうして人は 後悔を重ねる…?
一生懸命生きている人は幸せになるべきという主人公の信念と、それでも後悔を重ねる人を目の当たりにしてしまう現実。このギャップの裏には、誰かの努力を笑う人、平気で人を踏み台にする人、自分が世界の中心にいると思っている人、弱さや劣等感で人を支配しようとする人、人を陥れてでも特別であろうとする人、そういった人生の足を引っ張る人の影が必ずあります。

それではそんな人たちは主人公にとってどんな存在になるでしょうか。信じることができず、許し合うことも望めず、素直な気持ちで飛び込むことができないいわゆる「敵」となります。ただ、繰り返しますが主人公の望みは「あらゆる他者や社会、自分を取り巻くすべてのものに飛び込んでいく」こと。

そういった今まで「敵」と見ていたような人やそんな人たちで作られた社会、それすらも信じながら、許し合いながら飛び込んでいけたらという願いです。ここまで掘り下げると、本当に主人公が求めているものや願う未来の姿が見えきます。


つまりは、「どんな人も社会もそのすべてを味方として捉え、更にその中にしっかり自分の居場所を見つけ貢献していきたい」。これこそが主人公の本当の願いであり望む未来なのです。そしてそんな人生の中でこそ「あふれるような (my) best of my life」は白日の下で正しい姿を取り戻し、幸せや人生の意味へとしっかり繋がっていくと感じているのです。

>めぐり逢いの中で見つけた
>生きてく意味を育ててみよう
>涙は拭い去って

  • 「めぐり逢いの中で見つける」
    「めぐり逢いの中で見つけた」


1番と今回のサビの違いです。めぐり逢いの中で生きてく意味を「これから見つける」1番に対し、「すでに見つけている」今回のサビの違い。今まで見てきたストーリーがこの些細だけど大きな違いに凝縮されているように思います。

更に大切なのは、主人公が行っている生きてく意味に対する解釈の仕方。1番の「これから見つける生きてく意味」には、少なからず不安や根拠のない期待などがありそれはまだぼんやりとした未来のものとして解釈されています。それに対し「すでに見つけた生きてく意味」には、未来も過去もありません。今手元にあるもの、今まさに起こっている現在のものとしてどこまでもリアルに感じられています。

未来や過去によって今の自分があると考えるから、生きてく意味を考えようとするから、「運命」や「奇跡」という言葉を気軽に使ったり神頼みなどを行ったりしては、自分では変えようがないことだと誤った思い込みをしてしまいます。


ただ今の主人公のように、今見つけた、確かに実感の持てる「生きてく意味」の前では未来も過去もありません。そこにはただ延々と「今」が続き、シンプルに真剣に「今」を生きていくだけです。目の前にある「生きてく意味」を信じながら。

>今 始まる (my) best of my life
>今 始める (my) best of my life
だからこそ、最後のこの歌詞の違いも生まれるのです。何かの力で「始まる」のではなく、自分の意志と勇気によって「始める」My Best Of My Life。

  • ・確かなものを探そうとしてしまっていたこと
    ・ちぎれそうな心で明日を追いかけていたこと
    ・幸せに浸ることを恐れていたこと
    ・優しさにより全て美しく見える"すぎる"と感じたこと
    ・信じることや許し合うことに疑いを持っていたこと


これらは、今まで主人公が幸せや生きてく意味に向かい合うための勇気をくじいてきたものです。では今の主人公にはこれらはどのように映っているでしょうか。答えはひとつ、すべて「今 始める (my) best of my lifeにたどり着くまでに必要だったもの」です。

そして目の前にしっかり「生きてく意味」がある限り、過去や未来に左右されず今を大切に生き続ける限り、この先主人公は「My Best Of My Life」を信じ続けられるでしょう。そしてそんな主人公の人生を、人は「幸せな人生」と呼ぶのだと思います。

 

最後に





じっくり歌詞を読み進めてみて感じたことは、「My Best Of My Life」を実践する難しさと、そこに価値を見出すにも健全で前向きな心が必要だということ。

ただ誰かから言われるまま機械的に繰り返したり不安や不満を抱えながら闇雲に進むだけでは、たとえそこに努力があったとしても幸せな人生とはいえません。自分だけの生きてく意味を見つけ、そこに向かう「My Best Of My Life」、自分の人生に全力を尽くすことができてはじめてその人生は幸せなものになる。そう教えられたように思います。

自分で「生きてく意味を育ててみよう」と心から思えるように、そしてそう思ったら迷わず進んでいけるように、この曲はそのために必要な勇気を与えてくれる貴重な1曲です。

主人公のように時には立ち止まり、時には迷い、恐れ、疑い、そうやって自分の人生としっかり向き合っていきたいですね。そしてその結果「My Best Of My Life」を偽りなく愛せる毎日となることを願っています。
 

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