こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。


今回の曲は米津玄師さんの「アイネクライネ」
Wikipediaによると、アイネクライネは"ただの(平凡な)少女"という意味とのこと。この曲は、自分に自信がなく悲観的な考えを持つ少女が主人公となり、今までの、そしてこれからの自分の人生を幸せへ向けて育てていく物語です。

「誰にも言えない秘密」や「小さな歪み」、「超えられない夜」などの様々な問題を抱え、居場所を見失い幸せを怖れていた主人公。それらをどう乗り越え、自分の幸せに向けてどう一歩を踏み出していくのか。

今回もじっくり歌詞を深掘りしつつ、この曲が伝えるメッセージを読み取っていきたいと思います。

 

 

 

楽曲情報


■米津玄師「アイネクライネ」 
発売日 2014年4月23日
収録アルバム YANKEE
作詞 Kenshi Yonezu
作曲 Kenshi Yonezu
編曲 蔦谷好位置
MV https://www.youtube.com/watch?v=-EKxzId_Sj4




 

歌詞解釈




【Aメロ】幸せの終わりを怖れる主人公






あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに
当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ
今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く

誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう
あたしは石ころにでもなれたならいいな
だとしたら勘違いも戸惑いもない
そうやってあなたまでも知らないままで

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

>あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに
>当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ
>今痛いくらい幸せな思い出が
>いつか来るお別れを育てて歩く

この曲の歌詞を通して見ると、『あなた』の想いを素直に受け入れられず、何かがひっかかっているように歪んだ方向へととらえてしまう主人公の姿が浮かんできます。

出だしのAメロでも、出会えたことを本当に嬉しいと思いながらも「当たり前のように」それらがすべて悲しいと言い、そしてこれまでの『あなた』との思い出も、ふたりの絆を育てるものではなく「別れを育てるもの」というとらえ方をしています。


  • 『あなた』に会えて嬉しいけど、それは当然終わるものなので"当たり前のように"悲しい
  • 幸せな思い出として見ているこれまでの経験は、別れを育てるための辛い出来事


前提として、夢中で幸せを追いかけている人や幸せが何なのかわからないという人にはこれらの発想は生まれません。これは幸せを実感し自分の中の幸せを知りながらも、そこから距離を置こうとしている人の発想です。

主人公のこの悲観的な解釈は、今ある幸せが終わることへの悲しみや怖れなどによるものでしょう。悲しみや怖れに限らず、人間の感情は「○○になるだろう」「○○になってほしい」とある程度予測をつけた未来と現実との間にギャップが生まれたときに、良くも悪くも大きく揺れ動きます。

つまり主人公が今の幸せが終わることに対して悲しみや恐怖を感じているのであれば、そこには「今の幸せが続いてほしい」という本心が隠れているはずです。

問題は、今感じている幸せを素直に受け入れられない主人公の心理状態。まるで「自分には幸せになる資格がない」と言っているような、何かに幸せになるための勇気をくじかれているような、そんな悲壮感が伝わってきます。


>誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう
>あたしは石ころにでもなれたならいいな
>だとしたら勘違いも戸惑いもない
>そうやってあなたまでも知らないままで
「誰かの居場所を奪い生きる」、これは人の持つ競争意識や支配欲などの例えかもしれないし、実際にそう思わされる出来事が過去にあったのかもしれません。または、同じ『あなた』を好きでいる別の少女に向けた気持ちかもしれません。

競争意識や支配欲を抑えること、過去の辛い出来事を前向きに上書きすること、他人に関心を寄せ思いやること、どれにしても悪いことではなくむしろ望ましいことです。ただそれは現実と向き合い健全な成長へと向かう場合です。

ここで問題なのは「石ころにでもなれたならいいな」と主人公が明らかに現実から目を背け逃げようとしてしまっていることであり、その現実逃避を「だとしたら勘違いも戸惑いもない」と肯定し正当化してしまっているところ。

更には「そうやってあなたまでも知らないままで」と続きます。『あなた』との今がいずれ終わるなら最初から知らない方がいい。ここでもまた、今ある幸せが終わることへの悲しみや怖れを訴えているのがわかります。それではどうして主人公はこうまでして幸せの終わりを怖れてしまうのでしょうか。


その原因は、まず主人公が今の自分を受け入れようとせず嫌いになろうとしているということがきっかけとなり、そしてその決定から「自分には幸せになる資格がない」と決めつけてしまっていることにあるように思います。

「幸せはいずれ終わる」という思い込みによる悲しい未来の想像。「誰かの居場所を奪い生きる」という根拠のない事実。「石ころにでもなれたらいい」という叶わない逃避願望。これらはすべて自分を認めず嫌いになること、そして今を大切に思えずにいること、その結果生じるものばかりです。

『あなた』に会えて嬉しいと思っていることや『あなた』との思い出を幸せと感じていること、これは紛れもない真実でしょう。それならどうしてわざわざ自分自身を受け入れようとせず嫌いになる必要があるのでしょうか。


それは自分を嫌いになって「こんな自分なんて」「どうせ自分は○○だから」と思えば、いざ幸せが終わったときや『あなた』と別れてしまったときに、自分への慰めとすることができるからです。「こんな自分だから仕方ない」「○○さえなければこんな結果にはならなかった」というように。

つまり自分を嫌いになるのは『あなた』との関係で傷つかないよう自分を守るため。そうして今ある幸せを信じ、そこに浸ることに必死にストップをかけています。

苦悩が一歩踏み出した先にあるなら、幸せもまた一歩踏み出したその先にしかありません。自分を嫌いになるという決断が、この大切な一歩をも主人公に踏みとどまらせているのでしょう。「石ころになれたらいい」や「あなたまでも知らないままで」という発想も、まさしく同じ心理が働いているように思います。


主人公が幸せの終わりを怖れてしまうのは、今の自分を好きになれない、というよりもっと積極的に嫌いになろうとしていることがきっかけとなっています。だから今を大切にすることもできず、こんな自分に幸せが続くはずがないと誤った認識を植え付け、その結果「いずれ幸せは終わるもの」という悲しみや恐怖へと繋がってしまっているのです。

まだまだ結論を出す段階ではないですが、このAメロでの主人公の心理状態を踏まえた上で次の歌詞を見ていきます。


【Bメロ】「意気地ない」と思う裏で働く心理






あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに
誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのだ
あなたが思えば思うよりいくつもあたしは意気地ないのに
どうして

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

>あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに
>誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのだ
ここで「誰にも言えない秘密」という重要なワードが出てきます。Aメロで幸せから距離を置こうとする主人公を見ましたが、この秘密が主人公にとっては自分を戒めるものであり、幸せから距離をおこうとする理由になっているようです。

ここでいう「あたしの思い」とは、素直にとらえれば『あなた』への愛情や感謝など。主人公は「愛してる」「ありがとう」など本当の気持ちが伝わってほしいと願いながらも、「誰にも言えない秘密」があるためそれを伝えることができずにいます。

その理由は、「本当の気持ちを伝えること=自分は幸せであると認めること」と考えてしまっているから。溢れるような愛情や感謝を燻らせながら「誰にも言えない秘密」を戒めに本心を抑え嘘をつく。今の主人公はまるで囚人のような、とても不自由で苦しい時間を過ごしています。

次の歌詞から、主人公の隠しきれない心情を読み取っていきます。


>あなたが思えば思うよりいくつもあたしは意気地ないのに
>どうして
意気地ないの反対語は「勇ましい」。主人公が自分で「あたしは意気地ないのに」と思えるためには、「『あなた』から勇ましいと見られている」と実感する必要があります。『あなた』から勇ましいと見らていると感じるからこそ、「そんなことはない、あたしは意気地ない」と思えるということです。

実際に『あなた』が主人公を勇ましいと見ているのか、という事実はここでは重要ではありません。重要なのは、主人公が「自分は勇ましいと見られている」と実感しているという主観的な部分です。

自分に自信が持てない主人公が『あなた』からは勇ましいと見られていると感じる。ここから想像できるのは、普段『あなた』に対して弱い自分を隠し気丈に振舞っている姿。「あたしの思いが全部伝わってほしい」と願いながらも嘘をつき、あたかも『あなた』に依存せず自立した自分を見せているような姿勢です。

そしてこのBメロ最後の「どうして」という歌詞。この後には何かしらの言葉が含まれていますが、ここは「"どうして"こんな意気地ないあたしを好きになってくれたのか、選んでくれたのか」と考えるのが妥当だと思います。


これらを踏まえて掘り下げていきます。まず主人公はどうして『あなた』が自分を好きになってくれたのかと疑問を抱いています。その理由は『あなた』が思うほど勇ましくなく、本当の自分は意気地ないから。つまり、意気地ない自分を『あなた』は好きになるはずがないと考えているのです。

ここでまたひとつ主人公の心理が見えてきます。意気地ない自分を好きになるはずないという考えは、勇ましい自分であれば『あなた』に好かれる可能性があるという考えの裏返しです。ここで主人公が普段『あなた』へどう接していたかを思い返してみます。

弱い自分を隠し気丈に振舞い、あたかも自立した女性のように接する。こうして勇ましい自分を『あなた』に見せる。これはつまり勇ましい自分であれば『あなた』に好きになってもらえる、『あなた』から好かれていることに自分自身が納得ができる。そんな心理に突き動かされた行動なのではないでしょうか。


  • なぜ主人公は『あなた』から勇ましく見られていると感じているのか?
    なぜ普段『あなた』に対して勇ましい姿勢で接しようとしているのか?


その答えは、「勇ましい自分を見せれば『あなた』に好きでい続けてもらえるかもしれないという心理が働いているから」ということになります。

一見、意気地のない自分をどうして好きになってくれるのか?という『あなた』からの愛に素直になれない場面のように見えますが、その裏には勇ましい自分を見せることで『あなた』と繋がりその愛を信じたいという願いが込められているのです。

ここからも、今ある幸せと距離を置こうとする行動の中に「今の幸せが続いてほしい」という本心が隠れているような印象を受けます。


【サビ】不幸の鎖から幸福への実感へ






消えない悲しみも綻びもあなたといれば
それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか
目の前の全てがぼやけては溶けてゆくような
奇跡であふれて足りないや
あたしの名前を呼んでくれた

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

このサビでは、A~Bメロを経て今ある幸せに素直に向き合おうとする主人公が見られます。また『あなた』から主人公への優しさも感じられ、これまでの拒絶や疑いが伏線となり温かい気持ちになれる場面です。

>消えない悲しみも綻びもあなたといれば
>それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか
消えない悲しみや綻び、これは過去に起きた不幸な体験やトラウマと感じている出来事の比喩。そして「それでよかったね」は『あなた』とふたりで分かち合っている言葉です。過去にどんな出来事があっても、それは今を幸せだと感じるための大切な要素になっている。だから「それでよかったね」と言っているのです。

最も重要なのは「笑えるのがどんなに嬉しいか」と続く歌詞。どうして主人公は『あなた』との「それでよかったね」という一言で笑顔になれるのか、それを嬉しいと感じられるのか。それは主人公が実は今の幸せを十分受け入れているからです。


今自分は不幸だと感じている人に「過去の不幸のおかげで今があってよかったね」なんて言えません。主人公が今の幸せを認められていたから、そしてそのことを『あなた』も察知していたからこそ、ふたりは「それでよかったね」と分かち合い、それに対して主人公は喜びを覚えることができたのです。

過去の不幸を今ふたりでつくる幸せによって上書きする、過去の出来後への意味や解釈を変えていく。これはお互いが相手の幸せを察知し実感できていなければできることではありません。『あなた』は主人公を大切に想っていて、主人公にもそれが伝わっているのだろうと感じられる心温まる場面です。


>目の前の全てがぼやけては溶けてゆくような
「目の前の全てがぼやけては溶けてゆく」。これは涙で視界がぼやけるという見方もできますが、もう少し考えると主人公が自らを縛っていた不幸の鎖から解放されていくようなイメージがあります。

  • ・あなたに出会えて嬉しいけど、当たり前のようにすべてが悲しい
    ・幸せな思い出が別れを育てている
    ・石ころとなってあなたを知らないままでいた方がいい
    ・誰にも言えない秘密によって素直になれない
    ・意気地のないこんな自分を好きになるはずがない


これらは今まで主人公が勝手に自分に巻きつけていた不幸の鎖です。そのどれもが、幸せの終わりを怖れ傷つかないよう自分を守るための嘘であり誤った目的です。主人公は今、そんな嘘や誤った目的がまるで鎖が解けていくように「ぼやけては溶けてゆく」と感じているのです。

『あなた』からの愛情を実感し幸せを受け入れている自分にも気付いた主人公には、もうこんな不幸の鎖は必要ありません。自分を嫌い不幸を必要とし、常に怯え不自由だったあの頃から脱して、今は自由に素直に『あなた』との幸せと向き合う勇気を持てたからです。続く歌詞からもその変化がより明確になっていきます。


>奇跡であふれて足りないや
>あたしの名前を呼んでくれた
「奇跡であふれて足りないや」という喜びは、そんな自分の変化とそう思わせてくれる『あなた』との出会いに対するもの。そして「あたしの名前を呼んでくれた」と主人公が実感したことは、これは夢でも偽りでもなく現実に起きている幸福なのだと確信した瞬間を表しています。

今までも『あなた』は主人公の名前を何度も呼び続けていたでしょう。でも不幸の鎖に縛られていた主人公にはその声は届いていませんでした。その鎖を断ち切った今、ようやく「『あなた』が自分の名前を呼んでくれている=自分を選び必要としてくれている」ということを自覚し、しっかり耳から心へとその意味が落とし込まれたのです。


【Aメロ2~Bメロ2】"居場所"に拘る理由






あなたが居場所を失くし彷徨うくらいならばもう
誰かが身代わりになればなんて思うんだ
今 細やかで確かな見ないふり
きっと繰り返しながら笑い合うんだ

何度誓っても何度祈っても惨憺たる夢を見る
小さな歪みがいつかあなたを呑んでなくしてしまうような
あなたが思えば思うより大げさにあたしは不甲斐ないのに
どうして

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

>あなたが居場所を失くし彷徨うくらいならばもう
>誰かが身代わりになればなんて思うんだ
>今 細やかで確かな見ないふり
>きっと繰り返しながら笑い合うんだ
『あなた』が辛い状況に置かれたらそれを誰かが身代わりになればいい。そしてそれを見ないふりしてふたりで笑い合い生きていく。客観的に見れば、周りのことを考えず「ふたりがよければそれでいい」という自己中心的な発想のように思います。

ですがここで感じ取りたいのはそういった道徳的な観点からではなく、主人公の心の中で変わっていく「ふたりの世界」の見方と、無自覚にも自分の居場所ができあがっているということ。

1番Aメロでの「誰かの"居場所"を奪い生きるくらいなら」に続き、今回は「あなたが"居場所"を失くし彷徨うくらいなら」。主人公がこの「居場所」に拘る理由は、居場所を感じられない苦しみを自分自身が痛感しているからであり、主人公にとって「自分の居場所を感じられること」が幸せになるために欠かせないものという信念があるからです。

1番A~Bメロで、これまで主人公は自分の居場所を感じながらもそれを信じきれずにいました。ですが今では『あなた』の不幸を誰かが身代わりになってくれればいいと思ってしまうほど、その居場所を守ろうとしているのがわかります。


その居場所とは、『あなた』と過ごす時間・空間、そしてそこから眺める世界のこと。つまり、今いる『あなた』との世界が自分の居場所であることを自覚し、その居場所を守りたいと思えるようになったということです。この変化の理由は、次のように主人公の中の意識が変わったことにあります。

  • 『あなた』との関係で傷つかないように自分を嫌いになろうと過去に目を向けていた

 ↓ ↓ ↓

  • 『あなた』との関係で幸せを見出すために自分を認め今を受け入れようとしている


主人公が自分を嫌い今を拒絶し幸せを怖れたままでいたら、道徳に反してまで『あなた』の身代わりを願ったり、悪と感じる行いに目を伏せたまま笑い合う未来を想像したりはできなかったでしょう。きっと誰かを想い何かをしてあげたいと思うより、(思い込みによる)自分に降りかかる災いとの格闘に必死でその概念すら生まれなかったのではないかと思います。

モラルや善悪、一般的な正義を退けてまで、『あなた』を優先し自分の居場所を優先する。幸せを怖れずそこに向けて歩もうと努力する。行い自体を肯定することはできなくても、主人公が今までより自分の人生に意味を持てているということは間違いなさそうです。


>何度誓っても何度祈っても惨憺たる夢を見る
>小さな歪みがいつかあなたを呑んでなくしてしまうような
>あなたが思えば思うより大げさにあたしは不甲斐ないのに
>どうして
「惨憺たる」とは悲惨で痛ましく絶望的な様子。主人公は何度誓っても何度祈ってもそんなおぞましい夢を見てしまいます。そしてその内容は「小さな歪みがいつかあなたを呑んでなくしてしまう」というもの。

まず主人公が何度も誓い祈っているもの、これはここまで見た流れから末永く続く『あなた』との幸せであると考えられます。ですが、『あなた』との幸せを願うほど、小さな歪みが『あなた』を飲み込んでなくしてしまうという惨憺たる結果に。

それでは次に「小さな歪み」が指すものについて考えてみます。歪みというと曲がったりずれたりして正常な状態ではないというイメージがあります。それでは主人公は何に対して正常ではないと感じているのか、それは自分の中にある「幸せに対する価値観」です。

ここでも1番Bメロで出てきた「誰にも言えない秘密」が気になりますが、そのせいか主人公はやはり自分には幸せになる資格がない、幸せは当然いずれ終わるもの、『あなた』との時間は別れを育てるための時間。そんな誤った価値観を拭いきれずにいます。それが小さな歪みとしてずっと主人公の中で燻っていると感じています。


夢を見ているときも覚醒時にも、人間の意識は統一され同じ目的に向かうといわれます。今が幸せだから、そしてこの幸せを守りたいからこそ、主人公はこの小さな歪みに、そしてその歪みを抱えたまま迎える未来に対して恐怖を覚えるのです。

そのせいで夢の中では『あなた』を飲み込んでしまい、現実では『あなた』との幸せが終わってしまうと感じているのしょう。

1番のサビで『あなた』からの優しさや必要とされている実感を得て、そのおかげで自分の居場所にも自信を持つことができました。それなのにこの小さな歪みのせいで『あなた』の期待に応えることができず、結局意気地がなく情けない自分のためにふたりの幸せを終わりの危機にさらしてしまう。

そんな自分の不甲斐なさを痛感し、それでも一緒にいてくれる『あなた』にここでも「どうして」と投げかけます。


1番と同様にとらえればこれは主人公から『あなた』に向けられた言葉だと考えられます。ですが今の主人公の心情を察すると、これは『あなた』から明確で納得のいく答えがほしいための問いではなく、自分の気持ちを確かめるために自分自身に向けられた言葉のようにも思えます。

主人公はこれまで「小さな歪み」をひとりで長い時間抱えてきました。そしてようやくその「小さな歪み」を抱えながらも前を向こうと、『あなた』との幸せに向き合おうとする勇気を持ちますが、やはり何度誓っても祈っても惨憺たる未来を想像してしまいます。つまり、何度幸せを夢見てもそれを信じ切れない自分がいると感じているということです。

これを踏まえると、問いというよりもむしろ願いや祈りに近いように思えます。「こんなにも不甲斐ない自分と自覚しながら、どうして人と同じ幸せを求めてしまうのか。どうして投げ出すことができないのか」という自問。

それはつまり「どんな自分であっても幸せを諦めたくない、『あなた』との幸せに向き合い続けたい」という意志が根底にあることを表しています。この「どうして」はそんな願いや祈りまでもが込められた一言ではないかと感じます。

続くサビでは、その願いや祈りを叶え現実のものに変えていくために、またひとつ主人公の中で強さが芽生えていくシーンを見ることができます。

 

【サビ2】主人公の本当の「お願い」






お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を
超えようと手をつなぐこの日々が続きますように
閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために
そのために何ができるかな
あなたの名前を呼んでいいかな

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

>お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を
>超えようと手をつなぐこの日々が続きますように
ここで注目すべきは「お願い」と主人公が願っているその内容。主人公は、「超えられない夜をいつか超えられますように」とただ願っているのではありません。「超えられない夜を超えようと努力するこの日々が続きますように」と願っているのです。

どうなるかわからない未来を漠然と楽天的に願うのではなく、そのためには手をつなぐこと、つまり『あなた』との世界を信じ幸せと向き合い続ける勇気を持つことが必要であり、そして自分の意志で変えられるこの今を真剣に生きたその先に「超えられない夜」を乗り越えた未来がある。そう信じ願っているのです。

どうなるかわからない未来をただ漠然と願う。その場合「超えられない夜を超える」という願いが叶わない限りいつまでも自分の人生はその途中であり、常にその目標と現実のギャップに苦しむことになります。

つまり、「超えられない夜を超えた自分」を100とするなら、常にそこから差し引いたマイナスの自分を意識しながら生きていかなければいけません。ですが、今回主人公が思う「超えられない夜を超えようと努力するこの日々が続くように」という願いの場合はどうでしょうか。


これはあくまで0の自分から100に向けてひとつずつ進んでいこうとする姿勢です。どうなるかわからない未来を見てそこから常に差し引いた自分を見るのではなく、今がどの地点だろうと、それを認め受け入れ100へと近づけていく。そこには未来も過去もなく、あるのはただ真剣に向き合う今だけです。

もしかしたらすぐ明日にでも「超えられない夜」を超えられるかもしれないし、それは10年後の話になるかもしれません。ですが、主人公の持つこの願いの前では、それはまったく関係ないのです。なぜなら主人公にとって本当に大切なのは、「超えられない夜を超えること」ではなく、そのために「『あなた』と手をつなぎ1日1日を大切に過ごすこと」だからです。

その1日1日、更にはその瞬間ごとに始まりと終わりがあり、主人公の本当の願いはその始まりから終わりまでを『あなた』と大切に過ごしていくこと。その繰り返しの結果、「超えられない夜」などいつの間にか乗り越えていて、そう思っていたことすら忘れられているかもしれません。


>閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために
>そのために何ができるかな
>あなたの名前を呼んでいいかな
続くこの歌詞で、更に主人公が『あなた』との幸せを受け入れ自分の居場所を信じようとする姿勢が見られます。

「閉じた瞼さえ鮮やかに彩る」。目を開けて目の前に『あなた』がいるのと同じように、目を閉じてもふたりの世界を感じることができる。そのためにはしっかり自分の心の中にふたりの世界ができあがっていなければなりません。そのために何ができるのか、主人公は自問し答えを導き出します。

それは「あなたの名前を呼ぶ」こと。1番サビで『あなた』から自分の名前を呼ばれとき、主人公は『あなた』が自分を選び必要としてくれているということを自覚し、これは現実に起きている幸福なのだと確信しました。つまり、名前を呼ばれる→自分は必要とされている→自分は必要とされるような生き方ができている。それが自分の幸福につながるということを知ったということです。


その上で今度は自分が「あなたの名前を呼んでいいかな」と投げかけます。「いいかな」という問いのような形は、一見「こんなわたしでも『あなた』を選び必要としてもいいですか?」という意味に取れますが、その裏にある本当の意味は「わたしが『あなた』を選び必要とすることで、『あなた』は幸せを感じてくれますか?」という意味なのです。

もしも『あなた』がそれで幸せを感じてくれている。そう主人公が実感できるのであれば、間違いなく目を閉じてもそこは鮮やかに彩られるでしょう。そして自分の心の中にあるふたりの世界も信じることができるのではないかと思います。

もしかしたら、そのときには「超えられない夜」もすでに乗り越えられている、もしくは「超えられない夜」など自分が作り出した嘘で、そんなものは最初からなかったのではないかと思えているかもしれないですね。

 

【Cメロ】人生観の大転換と主人公の未来






産まれてきたその瞬間にあたし
「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ
それからずっと探していたんだ
いつか出会える あなたのことを

出典:https://www.uta-net.com/song/162135/

>産まれてきたその瞬間にあたし
>「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ
>それからずっと探していたんだ
>いつか出会える あなたのことを
ここは、上2行と下2行を"でも"でつなぐとことで、これまでと今感じている主人公の人生観が大転換していることがわかります。

これまでは、産まれてきたその瞬間から消えてしまいたいと泣き喚いていたような人生に感じられた。
"でも"、今では産まれてからずっといつか出会えるあなたを探してきた人生と感じることができる。

自分を嫌い不幸を必要とし自ら不自由を強いていたあの頃、そして自分を受け入れ幸せとしっかり向き合い自由を手に入れた今。この大転換こそがこの曲のストーリーの核であり、聴いている中で優しさや温かさ、人の持つ愛の強さを感じられる理由ではないかと思います。


多くのお金で欲しいものを欲しいだけ手に入れる。つまらない学校や馴染めない会社などの組織から解放される。こういった欲求を満たすことやしがらみから抜け出ることが自由だと思われがちですが、そうではありません。

お金で欲しいものをすべて手に入れても、今度はお金で手に入らないものに不自由を強いられ、本当の自由を知らないまま学校や会社を離れてもまた次の環境で同じ繰り返しになる。自由とは一時的なものではなく、自分の人生を通してなくてはならないものです。

そう考えると、自分の人生に言い訳をしたり嘘をついたりすることなく、自分が幸せになるためにはどうすればよいのかを突き詰める。そしてその為には誰に何を言われようと怖れずその道を進んでいく。それこそが本当の自由ではないかと思います。

お金がないから自由になれない、今の環境のせいで自由になれない。そしてこの主人公がそうだったように「誰にも言えない秘密」があるから自由に『あなた』を愛し幸せと向き合うことができない。

これらはすべて順番が逆で、まずその人は自分の中で「自由にならないこと」「幸せと向き合わないこと」を最初から決断してしまっています。そしてその正当化のためにお金や環境のことを持ち出したり「誰にも言えない秘密」を持ち出しているにすぎません。そう考えない限りは、変えられないものにばかり目を向けることになりいつまでも先に進むことはできないし自由にもなれません。


「自由にならないことを決めている」その理由は、自由になるために自分が変わらなければいけないことや誰かに嫌われることを怖れている、またはそこに面倒さを感じていたり自信のなさがあるから。

その恐怖や面倒や劣等感などと向き合わなければならないなら、たとえ不自由であっても今の自分のままでいた方が安全だし楽と考えてしまいます。だから多くの人は、本当の自由を放棄し、お金や組織からの解放など安直で一時的に欲求を満たしてくれるものを自由と思い込み自分を納得させようとしてしまいます。

話を戻しますが、
>産まれてきたその瞬間にあたし
>「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ
こう考えていたときも、
>それからずっと探していたんだ
>いつか出会える あなたのことを
こう考えているときも、そのとき流れている時間・環境・周りの人たちの言動はなにひとつ変わっていません。変わったのは、主人公が"今"をどうとらえているかということだけです。これは自分の幸せと向き合い、そこに向けて自分が変わっていくことを怖れずに一歩踏み出した結果です。

これからの主人公は、自分の人生を疑ったり嘘をついたりすることなく、真っすぐ自由に『あなた』との幸せへと踏み出していけるのではないかと思います。 

 

最後に





そして1番サビが繰り返されエンディングへ。ここまで"ただの(平凡な)少女"としての主人公の大きな変化を見てきました。

幸せを怖れ疑い『あなた』との世界や『あなた』との幸せに向き合うことができずにいた弱い自分、変えられないものばかりを見て不自由を強いてた自分。そんな始まりから、「それでよかったね」と笑い合える自分を受け入れ居場所を実感し、自分に巻きつけていた不幸の鎖を断ち切り、現実にある幸せと自分の意志で変えられる今に目を向け始めるまで。

この曲から伝わるのは、幸せを実感するためにはどんな過去も未来さえも必要ないということ。「誰にも言えない秘密」や「小さな歪み」そして「超えられない夜」。多くの問題をかかえてた主人公が幸せを実感するために必要だったのは、「今の自分、今の居場所を受け入れ、今ある幸せと向き合うこと」だけでした。

「誰にも言えない秘密」から過去に縛られるのではなく、「小さな歪み」や「超えられない夜」から未来を悲観的に見るのでもなく。ただ目の前にいる『あなた』が自分の名前を呼んでくれていることに耳を傾け「手をつなぐこの日々が続きますように」と今を真剣に生きる、そしてその日々の中で主人公も『あなた』の名前を呼び続ける。


そこには過去も未来もなくただ『あなた』とつくる今が延々と続くだけです。変えられない過去やどうなるかわからない未来によって今が決まるのではなく。人間は「この今」しか生きることはできない、過去や未来は「この今」自分が必要とするものへと都合よく形を変え、良くも悪くもそれは「この今」の自分がすべて決めていること。

この曲に登場する"ただの(平凡な)少女"を通して、そんな幸せを実感するために大切なこと、必要なことを教わったような気がします。

「今の自分、今の居場所を受け入れ、今ある幸せと向き合う」。そうして"ただの(平凡な)少女"はその「平凡」にこそ幸せがあると気付いたのかもしれません。この曲からのメッセージを大切に、今日からの毎日を豊かなものに変えていきたいですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

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