こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。

 

どうしても好きになれない人。この先仲良くなろうとも思えない人。
ひとりは思い当たる人がいると思います。

そして大人になるほど、本当は関わり合いたくない、でも仕事や環境によってはどうしても関わらなきゃいけない。
同じ空間で過ごさないといけないといった状況も出てきます。

子供ではないのでずっと無視なんてできません。
かといって、この先仲良くなろうという気にも到底なれない。
何とかうまく付き合っていくしかありません。

ということで今回は、嫌いな人を気にしない方法、その考え方や心構えなんかについて考えてみたいと思います。

 

 

 

嫌いな人は気にしない、嫌いのままでOK




 

その労力を好きな人に

人間ですので、生理的なものもあります。
また今まで見てきたもの感じてきたものが極端に違えば、分かり合えない人がいるなんて当然のこと。
たくさんのことを知り、成長すればするほどそれは増えていくと思います。

損得が絡んだりポリシーがあったりする場合は別ですが、嫌いな人を無理に好きになる必要はなく、その労力や時間を好きな人や自分を思ってくれる人に使った方がよっぽど毎日は豊かになります。

なので、嫌いな人は嫌いなままでOK。
その人と話したり時間を共にしなければいけないときは、表の顔だけで薄く浅くロボットのように付き合うことができれば、気にせずストレスも最小限に過ごせます。

表の顔だけで付き合う

そもそも好きや嫌いという感情が出るのは、その人のことを考えているから。

  • もっとこうなってほしい!
  • もっとこうしてほしい!
  • そんなことを言わないでほしい!
  • 言っていることをわかってほしい!


そういう期待や願望、失意や怒りなどがあるからです。
なのでそういった感情が現れるもっと前の段階で、表の顔だけで付き合うということです。

それしかできない人になってしまうのは危険ですが、好きになれない人、好きになる必要を感じない人に対してはとても有効。

 

半端な絆や情に惑わされる




 

その理由としては、半端な絆や情が生まれてしまうの防ぐため。
腹を割って話す機会があったり、ちょっとしたケンカになったり。
厄介なのは、そこから無意識に半端な絆や情が生まれること。

意外な一面が見えて、見方が変わったり誤解が解けたりと前に進むためのものなら良いのですが、そういうドラマのようなケースはそうそうありません。

「ある程度年を重ねた、人ひとりの人格を変えるということは難しい。」
これは多くの人が思ったことがあるのではないでしょうか。
この半端な絆や情は、そこから一時的な期待や感覚の麻痺に繋がり、結果その人との不快な関係を続ける素になりかねません。

この半端な絆や情に惑わされないために、表の顔だけで浅く薄く、感情が生まれない程度で付き合う。
でも仕事や周りの空気を壊さない程度の距離を保つ。
このバランスが重要かと思います。




その都度始まり、終わる関係を目指す




 

まったく生まれない絆や情

その方法としては、一切自分を出さずに、その都度始まり終わる関係を徹底すること。
蓄積されるものがなく、その都度始まって終わる関係。
これは見かけはそう見えなくても、一番残酷でひどい仕打ちかもしれません。

長く同じ環境・時間を共にする中で、まったく生まれない絆や情。
これはとても不自然で違和感があることです。
会話のキャッチボールに温度がなく、まったく「人」が見えない。
共感や同調、指摘もお礼も、そこにまったく血が通っていない。

犬猿の仲になる訳でもなくライバルになるわけでもなく、一触即発のような二人になるわけでもなく。
自分の中にその人が存在するのは、言葉を交わしたり一時的に関係ができるときだけ。
これはとても残酷なことです。

必要以上の接触を防ぐ

あまりに露骨だと相手もさすがに違和感を感じると思います。
ただ、それに対して言及できる人はどれくらいいるでしょうか。

もともと嫌いな人であればそこまで深い付き合いもないと思います。
なので、「なんか素っ気ない」「話が伝わってるかわからない」くらいは思われるにしても、そこから先は相手も追及できないと思います。
なぜならその先は「もっと自分に興味を持って欲しい」、という話になってきてしまうからです。
これは思っていてもなかなか言えないですよね。

つまらないやつ、何を考えているかわからないやつ。
そう思われるかもしれません。
でもどうしても嫌いで、好きになろうとする努力も実らず、この先仲良くなろうとも考えられないような人であれば、それは儲けものではないでしょうか。
ミラー効果も手伝って、自然と相手も必要以上の接触はしてこなくなるのではないかと思います。

人は「他人が自分に興味があるかどうか」、そのことに興味があり敏感です。
明らかに自分に興味がないという人に対して、必要以上に接触してくる人はいないですよね。

 

笑顔で模範的な回答だけ




 

その都度始まり終わる関係を継続するために効果的なこと。
それは、模範的、一般的で人並みな回答を繰り返すことではないかなと思います。
いつも決まったような笑顔で。

嫌いな人なので、自分から話かけることは少ないと思います。
なので基本的に受けになりますよね。
そのときに、共感もする、目をみて話も聞く、間違いがあれば認めて謝罪もする、質問されればしっかり回答もする
それは大人としてすべきことだと思います。
ただ、そこに一切自分を出さない。
一般的で人並み、よく本やドラマなどで使われるような正解ばかりを繰り返す。

その始まりから終わりまで、何の手応えも感じられず本心やその言葉の真偽もわからない状況なので、会話も広がるはずがなく必要以上の発展もありません。
その繰り返しを続ける内に、二人の関係は「その都度始まり終わる」というものになっているのではないかと思います。

 

最後に




 

今回は、どうしても好きになれない人との接し方や心構えなんかについて考えてみました。

今まで経験してきたものが全然違う人であれば、その価値観や正義も違って分かり合えないのは当然のこと。
なので嫌いな人は嫌いなままでOK、それよりその労力や時間をもっと自分の大切な人に向けて使うべきです。

嫌いな人への期待や願望、失意や怒りなど、それはその人のことを考えるから生まれるもの。
本当に嫌いな人なら、気にせず薄く浅い表の顔だけの付き合いを考えるべきだと思います。

その理由は、相手のことを考えた結果生まれる半端な絆や情に惑わされてしまわないため。
突然大人の人格が変わることなんてそうそうありません。
ただ厄介なのは、それでもちょっとしたきっかけで生まれてしまう相手への絆や情。
これが一時的な期待にも繋がり、その結果不快な関係を繰り返すことになってしまいます。

なので、その都度始まり終わる関係という徹底が必要。
これは相手を罵ったり批判したり、そんなことよりよっぽど残酷でひどい仕打ちではないかと。

挨拶や通常会話、仕事であればその必要なやり取りは普通に行います。
でも、長く同じ時間にいる中でまったく生まれない絆や情。
これはとても不自然なことで、相手にとってとても酷なこと。
この繰り返しにより、相手は興味を失いその内必要以上の接触はしてこなくなります。

その第一歩として、笑顔で模範的な回答ばかりを繰り返すということが効果的。
相手との会話の中では、共感も理解も同調もします。非を認め謝罪をしたり反省もします。
ただ、その全部が人並みで一般的。
そこに温度がなく一切自分が出ていない回答。

下手に反論をしたり自分の意見を強調したり揚げ足を取ろうとしたり、それよりももっとひどい対応ではないかと思います。
でもそれが、その都度始まり終わる関係を作るためには有効です。

コミュニケーションの大切さや人を思いやる気持ち、情や絆の大切さ。
至るところで語られ、誰もがそういう教育を受けて大人になります。
ですが、優しい人や真面目な人、正しいことを信じて一生懸命生きている人、そういう人ほどここに引っ張られて苦しい思いをするという現実もあると思うのです。

嫌いな人は嫌いなままでいい。
その人と離れられない環境にいるのであれば、自分の中にその人を残さないような付き合い方に変えればいい。
そんな人に時間も労力も使って、悩んだり落ち込んだりしている内に、どんどん幸せに気付くチャンスを逃してしまいます。

見なければいけないのは嫌いな人ではなく好きな人、考えるべきは嫌いな人との関係ではなく好きな人との関係。
そんな考え方、心構えが出来ればもっと毎日は豊かになるのではないでしょうか。

そもそもそんな人がいない環境で、好きな人だけに囲まれて過ごせる毎日が理想ですが、それは現実では難しいことですよね。

ただだからといって嘆いたり投げやりになるだけではなく、少しでもの理想に近づけるために、そして好きな人・大切な人としっかり向き合っていける毎日になるために、考えられることは色々あると思います。

不快で本来必要のないなことに悩まされず、ひとつでも幸せに気付けるような毎日を祈っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。