こんにちは。
シンガーソングライターの福島亮介です。

 

今回の曲はMr.Childrenの「365日」
左右から絶えず聞こえる優しいシンセ音、ピアノやストリングスから作られる壮大で非現実的な曲の世界。その中で際立つ真逆とも言える程「日常」が似合う桜井さんの歌声。

そのギャップが生むアンバランス感もこの曲の魅力。Mr.Childrenの壮大なバラードは、他のバンドには真似のできない宝物です。

歌詞としてはキラキラしたラブストーリーというより、終始『君』を想い続ける主人公の心情が描かれているような印象です。『君』を想い続ける中に見える葛藤や悩み、希望に願望など、今回も歌詞を詳しく見ながらひとつずつ読み解いていきたいと思います。

 

 

 

楽曲情報


■Mr.Children「365日」
発売日 2010年12月1日
収録アルバム SENSE
作詞 桜井和寿
作曲 桜井和寿
編曲 小林武史 & Mr.Children
LIVE https://www.youtube.com/watch?v=43D_nBGfuGY




 

歌詞解釈




【Aメロ】どうしようもない「君が好き」






聞こえてくる 流れてくる
君を巡る 抑えようのない想いがここにあんだ
耳を塞いでも鳴り響いている

君が好き 分かっている 馬鹿げている
でもどうしようもない
目覚めた瞬間から また夢の中
もうずっと君の夢を見てたんだ

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

>聞こえてくる 流れてくる
>君を巡る 抑えようのない想いがここにあんだ
>耳を塞いでも鳴り響いている
聞こえてくる、流れてくる。つまり主人公は特に意識をしているわけでもなく、空気のように自然と体に入ってくる感覚を覚えているようです。それは耳を塞いでも鳴り止むことのない『君』を巡る想い。

それを心地よく感じているようにも抑制の効かない感情に戸惑っているようにも見れますが、この始まりから『君』を強く想う主人公の心情が伝わります。次の歌詞でそれがより濃く表されています。


>君が好き 分かっている 馬鹿げている
>でもどうしようもない
>目覚めた瞬間から また夢の中
>もうずっと君の夢を見てたんだ
「君が好き」というシンプルで自分では決して疑えない素直な気持ち。その気持ちの高ぶりを自分の中で何とか冷静に見据えようとしますが、目覚めた瞬間からずっと夢の中にいると思ってしまうほど『君』に夢心地を感じてしまう主人公。

その結果「でもどうしようもない」と開き直るような負けを認めるような、結局自分の気持ち従順になっていることに気付きます。おそらく何度も何度もこの繰り返しをしている内に、「聞こえてくる」「流れてくる」「耳を塞いでも鳴り響いている」という慢性的な状態になっているのかもしれないですね。


【Bメロ】同じ気持ちを願い繋いでいく






同じ気持ちでいてくれたらいいな
針の穴に通すような願いを繋いで

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

>同じ気持ちでいてくれたらいいな
>針の穴に通すような願いを繋いで
この曲の主人公と『君』の関係は次のどちらかでしょう。まだ恋人などの形になる前の状態、もしくはときめきや駆け引きなどの時期を経て長い時間を共にした恋人や夫婦。

前者であれば密かに想いを寄せる大切な相手へ、後者であれば一周回って自分の中での存在の大きさを再確認できた相手へのメッセージと取れます。そんな想いを寄せる『君』も同じ気持ちでいてくれたらいいなという願望を持つ主人公。


「針の穴に通すような」とは、それはとても難しく、慎重かつ丁寧に行ってもうまくいく確率が低いということの比喩。そんな願いを繋ぐということは、つまりどんなに『君』を想っているか、例えすぐにその気持ちが伝わらなくても何度でもいつまでも『君』を想い続けるという決意の表れ。

このことを踏まえると、「同じ気持ちでいてくれたらいいな」という一見漠然としているような願いもその裏にしっかりした意志があるように感じられますね。

 

【サビ】無償の愛と、気付き得た幸せの形






365日の
言葉を持たぬラブレター
とりとめなく ただ君を書き連ねる
明かりを灯し続けよう
心の中のキャンドルに
フーっと風が吹いても消えたりしないように

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

>365日の
>言葉を持たぬラブレター
>とりとめなく ただ君を書き連ねる
365日、雨の日も雪の日も、失敗をした日も裏切られた日も。そのすべての時間でとりとめなく、つまり焦点が定まらないような散らかったような状態のままただただ『君』を想い続ける。そしてそれが主人公の中に蓄積され続ける。これはどんな状態を表しているのでしょうか。

その前に考えたいのが「言葉を持たぬラブレター」という歌詞の意味。言葉とは意志や感情を伝える手段であり、そこには少なからず相手からの反応という期待が隠れています。そんな言葉を持たない365日のラブレターという比喩。

それはつまり反応や見返りなど一切を求めない無償の愛。そんな無償の愛の上に、主人公の目の前で今を生きる『君』がとりとめなく書き連ねられていくのです。


ここから伝わるのは、今主人公はまさに幸せの中に生きているということ。無償の愛を送れる相手がいる幸せ、「君が好き」という馬鹿げていてでもどうしようもない感情を認められる幸せ、そしてそれらが自分の人生の豊かさや意味として還元されているという幸せ。

このサビはまるで主人公が『君』にラブレターを出すような、主人公から『君』に対する行いのようにも見えますが、その実は主人公が自分の中に芽ばえている幸せに気付き実感を得ている場面なのです。そして次のように続きます。

>明かりを灯し続けよう
>心の中のキャンドルに
>フーっと風が吹いても消えたりしないように
風が吹いても消えないように守りたい心のキャンドル、それは今回主人公が気付き得た幸せの形。それを守り続けるために、明かりを灯し続けよう=『君』を想い続けようという願いや意志が、このサビを締める歌詞に込められています。

 

【Aメロ2~Bメロ2】稲光からの結論と未来






例えば「自由」
例えば「夢」
盾にしてたどんなフレーズも
効力(ちから)を無くしたんだ
君が放つ稲光に魅せられて

「ひとりきりの方が気楽でいいや」
そんな臆病な言い逃れはもう終わりにしなくちゃ

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

ここのA~Bメロは、主人公が『君』の存在を認識する前、先ほどのBメロで言うと恋人関係になる以前の段階なら主人公の前に『君』が現れる前、長い時間を過ごした恋人や夫婦なら何か再認識をする契機が訪れる前の場面と考えるとしっくりきます。

>例えば「自由」
>例えば「夢」
>盾にしてたどんなフレーズも
>効力(ちから)を無くしたんだ
>君が放つ稲光に魅せられて
自由や夢などは、すがりやすく現実から目を背けるにはとても有効な言葉。主人公はこれらが身を守る盾だと自覚していました。それではその盾で何から身を守っているのでしょうか、それは誰かを愛することへの恐怖や臆病さです。

誰かを愛することで生まれる未来に自信を持てず、想い続ける覚悟にも勇気を持てず、その逃げ場となっていたのが自由や夢でした。そんな重みもない自由や夢、主人公の言う盾はすぐに貫かれます。「君が放つ稲光」によって。


稲光とは雷の放つ電光、これが意味するところはその時間と破壊力です。稲光が見せるその一瞬で視線や心を奪われてしまう様子。主人公はこれに驚くでも恐れるでもなく「魅せられて」しまいます。どれだけ自由や夢という抽象的な世界に逃げ込んでいたか、そしてどれだけ『君』との出会いやもしくは再認識が衝撃的なものだったかが伝わりますね。

>「ひとりきりの方が気楽でいいや」
>そんな臆病な言い逃れはもう終わりにしなくちゃ
そんな稲光から導かれたのがこの結論。臆病な言い逃れを終わりにすることで、素直な気持ちと向き合い『君』を愛し想い続けようという勇気や覚悟を持てた瞬間です。


ここで考えておきたいのは、稲光はいかに衝撃的であってもそれは一瞬の出来事でありいつまでも記憶に留まるような効力はないということ。そしてそれはあくまで主人公にとって受動的な出来事だったといういこと。

つまりこの衝撃的な一瞬からこの先365日の言葉を持たぬラブレターを書き連ねるようになるまでの成長は、主人公の能動的な『君』への想いが作り上げたものです。そんな奇跡的な出会いを得たこと、そして「目覚めた瞬間からまた夢の中 もうずっと君の夢を見てんだ」と思えるほど褪せない想いが続いていくこと。ここからも幸福の中に生きる主人公の姿が想像できます。

 

【サビ2】どんなときでも書き連ねられるラブレター






砂漠の街に住んでても
君がそこにいさえすれば
きっと渇きなど忘れて暮らせる
そんなこと考えてたら
遠い空の綿菓子が
ふわっと僕らの街に
剥がれて落ちた

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

>砂漠の街に住んでても
>君がそこにいさえすれば
>きっと渇きなど忘れて暮らせる
渇きという命の危険に直結する問題さえも忘れさせてしまう『君』の存在。これはただ恋愛がもたらす青臭い無敵感でもなければ、一時的な気持ちの高ぶりによる根拠のない威勢でもありません。

これは主人公が願う『君』への想いの在り方、そしてこの先君を想い続けるその尺度の大きさを表しています。渇きという本能的なものであっても結局それは意識の上での焦りや恐怖。そうではなくて、無意識に息をするような瞬きをするようなもっと潜在意識のレベルで君を想い続けるという覚悟です。

砂漠での渇きや砂嵐などがあったとしも、そこに在る想いは揺らぐことも変わることもありません。「言葉を持たぬ365日のラブレター」はどんなときでも書き連ねられるのです。


>そんなこと考えてたら
>遠い空の綿菓子が
>ふわっと僕らの街に
>剥がれて落ちた
ここはいくつかの解釈が出来そうですが、少しドラマチックに考えると「遠い空の綿菓子」とは実際に砂漠の街で暮らす人々の頭上に浮かぶ雲。そしてそれがふわっと主人公と『君』が暮らすこの街にやってきます。

これは主人公が今抱えている『君』への想いに対して、実際に砂漠の街で同じ気持ちで暮らす人、渇きなど忘れて誰かを想っている人から「あなたの考えは間違っていないよ」というエールや共感を受け取った瞬間なのではないでしょうか。

ただここではその真実自体は重要ではなくて、主人公が主観的にそう思えていることが最も大切な部分です。その綿菓子を見つめる主人公にはまたひとつ勇気が生まれ、そしてこれからも『君』を想い続けラブレターを書き連ねていきます。

 

【Bメロ3】常識や理性を超えた深い愛情






君に触れたい
心にキスしたい
昨日よりも深い場所で君と出逢いたい

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

このBメロからわかるのは、主人公の想いがすでに常識や理性を越えた愛にまで達しているということ。

>君に触れたい
>心にキスしたい
「君に触れたい」「心にキスしたい」、これはつまり『君』の身も心もすべてを知りたい、『君』のすべてに自分の愛を浸透させたいという願い。ここまでは直感的にもわかるような気がします。

>昨日よりも深い場所で君と出逢いたい
問題はその後に続くこの歌詞。昨日よりも深い場所、平たく言えば『君』を知る前の日常や人生。そして「出逢う」とは意図的に逢うのではなく突然偶然にばったり逢うこと。


主人公は過去にタイムスリップをしたいとか、もっと早く『君』と出逢いたかったということを言っているわけではありません。主人公の考えている時間軸はあくまで今。この今、自分の知らない過去の『君』に出逢いたいという願望を持っています。

つまりこのBメロで表現されているのは、今の『君』に留まらずこれまでの『君』、自分が知り得ない過去の『君』にまでこの想いを届けたいという常識や理性では測れない深い愛なのです。

 

【サビ3~Aメロ3】365日の君に捧げる愛の詩






365日の
心に綴るラブレター
情熱に身を委ねて書き連ねる
明かりを守り続けよう
君の心のキャンドルに
フーっと風が吹いても消えぬように
365日の
君に捧げる愛の詩

聞こえてくる 流れてくる
君を巡る 想いのすべてよ
どうか君に届け

出典:https://www.uta-net.com/song/105563/

>365日の
>心に綴るラブレター
>情熱に身を委ねて書き連ねる
1番の「言葉を持たぬラブレター」に対して「心に綴るラブレター」。ここの大きな違いはその宛先。言葉を持たぬラブレターの宛先はあくまで『君』であり、『君』への想いを『君』へ向けて書き連ねています。

そして今回の「心に綴るラブレター」。その宛先は自分自信です。『君』への想いを確認するかのように自分に落とし込むかのように、こみ上げる情熱そのままに書き連ねられます。この違いの理由は、次の歌詞からわかります。


>明かりを守り続けよう
>君の心のキャンドルに
>フーっと風が吹いても消えぬように
>365日の
>君に捧げる愛の詩
ここもまずは1番の歌詞と比較してみます。1番では特に「誰の」心のキャンドルかは書かれていないですが、「灯し続けよう」という歌詞からもおそらくは主人公自身のものでしょう。そして今回は「君の心のキャンドル」の明かりを守り続けようという視点に変わります。

先ほど見た『君』→自分自身への宛先の違いの理由は、この「君の心のキャンドル」を守り続けることにあります。1番サビで見たように、主人公が考える心のキャンドルとはつまり誰かを想うことで得られる幸せの形。同じキャンドルは『君』の心の中にもあり、『君』がその幸せの形に気付くまで自分が守り続ける。そしてそのためには、自分の心にラブレターを綴り続け絶えず『君』を想い続ける必要がある。


そんな『君』との時間から主人公が出した答えが、この最後のサビに詰まっています。1番のサビでは「同じ気持ちでいてくれたらいいな」とありますが、365日のラブレターという無償の愛を捧ぐ主人公の観点からも、もしかしたらもはや『君』が同じ気持ちでいてくれることより自分が得た幸せの形を『君』にも伝えたいというもう一つ次元の高い目的になっているのかもしれません。

あくまで主人公の願いは『君』の幸せ。自分の中にある幸せの形に気付かせてくれた『君』に、今度は自分がその意味や価値を伝えたい。その想いから生まれたものこそが「365日の君に捧げる愛の詩」なのです。

>聞こえてくる 流れてくる
>君を巡る 想いのすべてよ
>どうか君に届け
そして最後を締めるこの歌詞。『君』からもらった『君』を巡る想いのすべては、冒頭にある「抑えようのない想い」から「365日の君に捧げる愛の詩」へと成長を遂げます。そしてそれは『君』へと還っていくのです。これは幸せの循環とも取れ、この先『君』を想い続け幸せの循環を繰り返すことでより主人公の人生は豊かになっていくのでしょう。

 

最後に





『君』が放つ稲光に魅せられ「君が好き」という小さな想いが生まれ、自分を巡り『君』を巡り大きな幸せの形を手に入れた主人公。そして今度はそれが「365日の君に捧げる愛の詩」として『君』へと還元されていくという幸せの循環。

ここまでがこの曲のストーリーであり、ミスチルらしいスケールの大きなラブソングです。

この曲は終始『君』を想い続ける主人公の心の中の物語。総じて言えることはやはり「365日の君に捧げる愛の詩」を送りたいと思える相手がいることの幸せ、そしてその愛情や貢献を実感し自分の人生に意味を持てていることの幸せ。そういった幸福がテーマであるということではないかと思います。


最後まで『君』を想いぬく主人公と、そんな主人公の愛情から同じように幸せに気付く『君』。そんなキャッチボールがいつまでも続くふたりの未来を想像しつつ、今回は終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

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